屋敷の中に明かりが灯り、月光が青年の顔を照らした。くっきりとした、優しい顔立ちで、髪の毛は栗色をしている。
目尻を伝う一筋の水滴を、彼女は静かに拭って見せた。
不意に、扉が音を鳴らした。

『どうぞ』

使用人であり、花蓮の1番の世話係の花房である。少々白髪のチラつく、父親代わりの様な存在だ。

『お嬢様、お疲れでしょう?そろそろ、私目にお任せして頂けないでしょうか。』

『ありがとう、花房。でもこの方は私が引き受けるわ!何だか放っておく事が出来ないの。』

『しかし…』

『お願い。ね?』

困った様に笑う花蓮を見て、花房は口を紡いだ。
花蓮は昔話の様だが、母親を物心着いた時に病で亡くし、父親と2人で暮らしていた。その父親は、新たに恋人を作り再婚し、花蓮が12歳の時に旅先で亡くなってしまった。
それからは、継母と使用人とこの屋敷で暮らしている。
両親を亡くして以来、花蓮は時々、困った様に笑うのである。それを見る使用人達は何故か、心を痛めながらも、そっと見守る様にしているのだ。花蓮もまた、それをわかっている。何故なら、そう花蓮が仕向けたからだ。

『花蓮様、今日は冷え込みますのでコレを。』

赤い毛糸のポンチョを、花房は花蓮の方にそっとかけた。

『わあ!新しいポンチョね!ありがとう!とっても可愛い!』

ぱぁっと花が開く様に笑う花蓮を見て、花房は安心した様に笑い、頭を撫でた。とても嬉しそうにする花蓮を見て、花房もまた嬉しく思う。

『あ、そうだ!ポットとティーカップを用意して頂戴!ティータイムにしましょう!』

その言葉を聞いて、かしこまりました。とサッと部屋を出て行った。
フゥっと、花蓮の息が漏れた。


『…どうか、したんですか。』

途切れ途切れに、透き通った声が部屋に響いた。花蓮は、ハッとして横渡る青年に目を向けた。
まだ少し眠そうな眼を花蓮に向けて、気だるそうに声をかけた。


『おはよう。気分はどう?』


彼の質問は返さず、笑顔で返す花蓮。

『何だか、違う世界に迷い込んだ気分です。僕は何をして、どうしてここにいるんでしょうか。』

月を見つめ、そう呟く彼。
哀し気な表情と声に、思わず誰もが涙を飲みそうになる。

『貴方今日の朝、ここの屋敷の前でフラフラとしていたのよ!声をかけた途端、何処か行こうとして、そのまま倒れてしまったの。』

『そうだったのか…。それは、どうも有難うございます。しかし、僕なんか助けなくて良かったのに』

その言葉を聞いて、今は何も言えないと、口を紡いだ花蓮。何故、そんな事を言うのだろうか。彼は、この世に居たくはないのであろうか。そんな事を悶々と考え始めてしまった。
そんな時、再び扉が音を鳴らした。

『紅茶をお持ちしました。』

花房だ。

『おや、目を覚まされたのですね。私はこの屋敷で花蓮お嬢様に使えている、花房と申します。以後、宜しくお願い申し上げます。』

キッチリと挨拶をこなす花房を見て、慌てて花蓮も名乗り始めた。

『私が花蓮よ。貴方のお名前は?』

『…智。』

『そう!智ね!よろしく!何があったか、私からは聞かないわ!ただ、その体が力を付けるまではココにいて頂戴!でないと、私の気が済まないわ!お節介かもしれないけど…。良いかしら?』

力強く言ったかと思えば、最後は少し弱々しくなる花蓮。愛らしいその姿をみて、花房は声を殺し笑い、智は若干の呆気に取られ、遅れながらもハイの返事をしたのであった。