「待ってよ! 逃げないで、ちゃんと説明して!」
上品な服装に似合わない大きな声を男性の背中に浴びせながら女性が追いかける。彼女の伸ばした手をするりとかわして、男性は知らん顔で歩道を大股で歩き始めた。
堪らず彼女が走り出す。
「ちょっと待ちなさいよ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
追いついた彼女が両腕で彼の腕にしがみついた。ぐっと後ろに体重をかけて引き止めようとするけれど、彼は振り向きもせず彼女の腕を振り払い、再び歩き出す。
二人に目を奪われているのは私だけではない。歩道を歩く人たちがすれ違いざまに振り返ったり、立ち止まって眺めたり。
そんな周りの視線など全く気にならないのか、今はそれどころではないから目に入っていないのか、彼女は息を荒げて彼の前へと回った。
すごい剣幕に思わず息を潜めてしまう。
「何なの? ねえ、私の何が気に入らないの?」
「気に入らないとか気に入るとか、そういう問題じゃない」
彼女とは対照的な淡々とした口調で彼が答える。彼女を見据える目は冷ややかで、彼女とは表情まで対照的だ。
「どういうこと? 忘れたとは言わせないわよ、気に入ったら付き合うって言ったの、あなたでしょう?」
「俺は気に入ったなんて一言も言ってない、悪くないと言っただけだ」
彼は一貫して冷静な態度を崩さない。

