今度こそ、練愛


「うん、山中さんが中学生の頃に離婚して、お父さんが出て行ってしまったそうよ、お店も一緒に住んでいたお父さんの御両親も残してね」

「え? お父さんがひとりで出て行ったんですか? お母さんはどうされたんですか?」

「お母さんはそのまま御両親と同居してお店を手伝って、御両親が亡くなった後もお店を続けてたの」

「山中さんが本当の姓なんですね……、よくご存知ですね」

「私ね、山中さんのお母さんに生け花を教えてもらってたの、社会人になって仕事で挫折した後、お店でアルバイトさせてもらってたから」



高杉さんが仕事で挫折したなんて驚いた。何でもできる人だと思い込んでいたけれど、高杉さんも一から努力してきたのだろう。
気付かされたら、さらに親近感が沸いてくる。



だけど、何かが胸の奥に引っ掛かってる。
手繰り寄せようとしたら、さっき会った坂口さんの顔が浮かんできた。反論できなかった悔しさも一緒に蘇る。



「さっきの坂口さんと山中さん、婚約されてるんですよね?」



仲岡さんに内緒と言われていたのに、ぽつりと零れ落ちてしまった。



「うん、今時古めかしいけど店を守るための契約らしいよ、山中さんには聞いたって言わないでね」

「はい、わかりました」



高杉さんにも口止めされたけど、こんなこと誰にも話す気はない。
もう、諦めるしかないのかな。