「そう言えば」

京香が思い出したように言う。


「どうしたの?」


自分の使った食器を
流し台に重ねて持っていく。


「慧、ちゃんと忘れないで
薬飲んでいきなさいよ」

「あ!忘れるところだった」

「こらっ!」

「なんてね。……忘れないよ」


ジャーと蛇口から、水が溢れ出す。
食器にその水をためた。



「忘れるわけないよ。
だって薬飲まないと、私……」


きゅっと蛇口をひねり、水を塞き止める。


その次の言葉は、喉の奥に押し込んだ。
言わなかった……言えなかった。

だって、私の後ろにいる母は
きっと泣きそうな顔をしているから。




布巾で、手の水滴を拭き取り
「ごめんね」と一言残し
リビングを出た。