“君想い恋詩”








「それじゃあ、ごゆっくりー」


と、美鈴さんは言い
病室をあとにした。


ーバタンッ


静かな空間に、一定に鳴る機械音だけが響く。

今、この空間にいるのは
私と羽崎くんだけ……いや、あともう一人。


無機質な白いベットの上に眠る
綺麗な女の人。



「…綺麗な人……」


思わず、
口から思っていたことがこぼれる。


「俺の母さん」


この人が…羽崎くんのお母さん

確かによく、似ている。
女版の羽崎くんみたい。



そう思ったとき、ふと1つの写真立てに目がいった。



その写真立てに、
大切に飾られてる写真には……

子供の頃の羽崎くんと
羽崎くんのお母さんと
これは…多分、羽崎くんのお父さんだろう。


みんな、幸せそうに笑っている。




「羽崎くんは…お母さん似だね」


私がそう呟くと


「よく、言われます」


と、口元に穏やかな笑みを浮かべて
羽崎はそう言う。
これが、きっと彼の素の顔なんだろう。


羽崎は病室に飾られている花の水を取り換える。



「『ホワイトレースフラワー』」


今の時期には珍しい花。

白い小さな花が広がって、
1つのレースのコースターを形作る
可愛らしい花。



「知ってるんですか?」


「えぇ。私、その花好きなの」


ホワイトレースフラワーは
目立つ花ではないけど、
一つ一つが綺麗で、愛らしい花。


「母さんも好きなんです。
この花」



白い花に水滴がつき、夕日に綺麗に反射する。



「花は絶対これがいいって、
いつもきかなくて……」



お母さんの話をするときの彼は
生き生きしている気がする。




「…………ねぇ、どうして
私を連れてきてくれたの?」


気になっていたことをきりだす。

私を避ける君が、わざわざなんで……



羽崎は花瓶に水を溜める。

静かな病室に、水音がやけに大きく響く。



「……こんなに、俺に真剣に向かい合って
くれたの晴瀬さんだけなんです。
だから、俺も真剣に返さなきゃいけない
と思ったんです」


羽崎はきゅっと蛇口を回し
水を止める。


「逃げ続けるだけじゃ、
なにも変わらないから」


それは、迷いのない
彼の真の言葉だった。


「晴瀬さん、俺に
聞きたいことがあるんですよね?
全て、答えます」



彼は意を決したようにそう言った。

私たちの間に緊張感が走る。




「……羽崎くん、私に
『歌が昔から、嫌いだった』って、
言ったけど……それ、嘘でしょ?」


「なんでそう思うんですか?」


「だって、オーディションのときの君は
楽しそうに歌ってた。
歌うことが好きで、好きで、
仕方がないって顔してた。

そんな君が、歌が嫌いだなんて
嘘だと思ったの」




私が言うと、羽崎は少し
固まったあと
ははっと小さく笑って
静かに口を開いた。




「…なんで、わかっちゃうんですか…」


「…わかるよ。
君は私とおんなじ音楽がないと
生きていけない人間だから」


「……同じにしないでください」


「同じだよ。
君は、本当は歌が歌いたくて
たまらないんだよ。
自分に嘘をついてるだけ。
本当は、、歌手になりたいんでしょ?」



羽崎くんは私の問いにまた、固まる。
そのあと、花瓶をもとの場所に戻して
またゆっくりと口を開いた。


「…だったら、なんだっていうんですか」



彼の言葉が強くなる。


「歌手になりたいからなんだって
いうんですか」


「羽崎くん……」


羽崎の両手に力が入る。


「そんなの、全部
俺の都合じゃないですか…!」


悔しそうに歯を噛み締める。


「歌手になりたい…そう俺が思っちゃったら
誰が、母さんの側にいるんですか!?」



羽崎の呼吸が乱れ、肩が上がる。
彼の瞳は、悲しみの色で染まっていた。



「…親父に…頼まれたんですよ…
『母さんを守ってくれ』って、、
死ぬ間際に親父に…そう言われたんです。
最後の言葉だったんです。

……母さんは、手術しないと助からない
病に侵されています…。

でも、手術には莫大な治療費がかかる。
そんなお金……うちにはありません。

だから、、毎日バイトしてます。
だけど学生が稼げるお金なんて
たかが知れてる。」


「お祖父様とかおばあ様とかは?
親戚とかにも、少しずつ集めれば…!」


「…両祖父も、祖母も
みんな…死にました。
親戚はあてになりません。
自分のことしか考えていない
奴らばかりですから」



羽崎は吐き捨てるようにそう冷たくいい放つと、ベットに横たわる母親に
視線を向けた。



「歌手になれば、
色んなとこに行くことが増える。

……いつ死ぬかわからない。
そんな状態の母を
独りで残していくわけには
いかないんです」



羽崎はベットの横の椅子に腰かける。

長いまつげが微かに震える。

それは、怒りで震えているのか
恐怖で震えているのか
私にはわからなかった。







でも、これだけはわかる。



羽崎くんは重いものを背負ってる。

とても、重いもの。
それを、たった独りで背負ってる。