「…それで、なにも言えずに
帰ってきゃった……
なにを言えばいいのか、
わからなくなっちゃったの……」


いきなり、
雰囲気が冷たくなった羽崎くんに
動揺してしまった。
何も言えなくなった。



「……慧は、どうしたいの?」


たかちゃんは真剣な声で私に聞いた。
まっすぐと綺麗な目が私をとらえる。


私は……


「…羽崎くんに歌を歌ってほしい…」


それが、私の想い。


「 本当は、羽崎くん
歌が大好きだと思うの。
じゃないと、あんなに楽しそうに
歌うことなんて出来ないもの」



今は、わからないけど
あのときは絶対に歌が好きだったと思う。
オーディションのときの彼は
あんなに楽しそうに歌ってたもの。



「じゃあ、やることは1つでしょ?
その羽崎くんに
慧の想いをぶつければいい」


でもそれは、


「…私、言ったよ。
本当の気持ち伝えたよ。
でも……」


羽崎くんには届かなかった。


「もう一度」


え?


「もう一度、言おう」


もう一度…


「何度も、何度だって
ぶつかっていけばいい」


真剣な瞳で私にそう言うたかちゃん。


「…私だってそう思ってた。
だけど、羽崎くんは
踏み込んでほしくなさそうだった」



テーブルの上で、組み合わせた手に
ぎゅっと力がこもる。


私の個人的な理由で
羽崎くんの未来を潰すわけにはいかないから……

私が諦めれば済むことだもの。
諦めれば……







「慧!大丈夫!?
どこか痛いの!?」





いきなり、たかちゃんがあわてて
そう言った。


「…え……?」


なに言ってるの。
私はどこも痛くないのに。


そう不思議に思った瞬間に
頬に感じた違和感。

頬をツーと熱いものが伝う。



あれ?なんで私…



泣いてるんだろう




ううん。なんで、じゃない。
本当はわかってるでしょ。
私は……



「…諦めたく、ない…」



そうだ。
私は、諦めたくないんだ。
諦められないんだ。



「迷惑、かけるって…わかってるけど、、
自分勝手だって、わかってるけど…」


それでも


「私、、諦めたくない……!」



たかちゃんは
私の言葉に一瞬目を見開いた。
でも、すぐに
いつもの暖かい笑みを見せる。



「俺の知ってる晴瀬 慧は
簡単に諦めるような弱虫じゃない。
俺の知ってる晴瀬 慧は……
どこまでも諦めないで追いかける
強い人だよ」



たかちゃんはさっきの真剣な瞳とは、
また違う
包み込むような優しい瞳で私を見つめる


「でも、どんなに強い人だって
逃げだしたくなるときはあるから
そのときは、俺が支えてあげる。
もう無理だって思ったときは
俺のところに逃げてくればいい」


1つ1つ、心に優しく溶け込んでいく。


「俺が、晴瀬 慧の支えになる。
味方になる。
だから、安心して
思いっきりぶつかってこい」



ポンポンと、頭に降ってくる
たかちゃんの大きな手。
安心する、とっても優しい手。


目もとを腕で、ぐいっと拭う。

そして、ガタッとテーブルに両手をおき
勢いよく立ち上がる。



行かなきゃ。
もう一度、もう一度言うんだ。
私の気持ちをちゃんと伝えるんだ。



「たかちゃん、ありがとう!
私、行ってくる!!」



肩にバックをかけ
上着をつかみとりドアに向かって走る。





「慧!」



ちょうどドアノブに手をかけたとき
後ろから、たかちゃんの声が聞こえた。
パッと振り向く。



「頑張れ」



昔から変わってない
大好きな優しい笑顔。
それに、私も微笑み返す。


「うん!頑張る!」


ガチャッとドアノブを回し
勢いよく飛び出した。



「ありがとう」と心の中でもう一度言う。



私は、ビルの一階まで走り
急いで事務所を出た。




羽崎くんのもとへ向かうために。