哀しい、なんて嘘。

貴方の「哀しい」なんて、聞き飽きてしまったから。





俺は漂っていた。
記憶と現実の波の合間にただ浮かんでいる。
ただ、意識だけはハッキリしていた。
俺は死んだのか?だとしたら貴方は哀しんでくれるだろうか?
…ありえない、か。



思い切って上体を起こしてみようとするが、漂っているだけの体には力が入らなかった。
空には大きな空洞。空の色は真紅。

「…此処、なんか懐かしい感じがするんだよなぁ…」

優しく包まれている、不思議な感覚が俺に生まれてくる。
………兄さん?


空の空洞から、貴方…兄の声が聞こえた気がした。
いつも「哀しい、哀しい」と呟くだけの、無気力な声ではなく、必死で俺の名前を呼ぶ声。




兄さん、やっぱりその声の方が俺、好きだよ。また、唄ってくれよ、好きだよ兄さんの歌声。
ふわり、と体が浮く。
あ、俺、召されちゃうのかな。兄さんの唄が聞きたかったな。


空の空洞が伝える。
兄さんの歌声を。











明るい光に顔をしかめる。
あれ、兄さん。なんで泣きながら唄ってんの?

「…に、いさ……?」

あれ、俺の声、なんで掠れて上手く話せないの?

兄さんの手、温かい。

「お前…!死にかけたんだぞ…っ!」

死にかけた…?俺が?
不思議そうな顔をして見上げた兄さんの顔。あ、泣いたの?
必死な兄さんの顔、好き…


「にいさ、うた…」

声、出ない。また唄ってくれないかなぁ。

「歌、唄って欲しいのか。」

兄さんは静かに息を吸い込んで俺にだけ聞こえる音量で唄ってくれた。







空の空洞は、虚無。
真紅の空は、涙。
こんな物は、歌がさらって逝くよ。
だから、歌を唄って。


END