・・・車の中でも、マンションに着いても、社長は私の手を離さなかった。
その温かなぬくもりに、安心すると同時に、不安も押し寄せた。

…社長の手を握り返すと、私に優しい眼差しを向けてくれる。

「…社長、私やっぱり」
こんなに穏やかで優しい表情の社長の顔を、失いたくない。
会社が傾けば、きっとこの表情は失われるだろう。


「…理子」
両手で私の手を優しく握りしめながら、下の名を呼んでくれた社長。
その言葉がどれだけ嬉しいか、貴方には分からないでしょう。

たったその一言で、私の心は落ち着いてしまう。


「会社の事があるから、俺の傍を離れたのか?」
「・・・」

黙ったまま小さく頷いて見せると、社長は困ったように笑った。

「会社の事は気にするな、高瀬物産ごとき、取引を取り止めたところで、傾く事はない」
「でも・・・」


「・・・それとも何か?俺より、高瀬専務と一緒にいる方がお前にとって幸せか?」
その言葉に必死に首を振ってみせる。

それを見た社長はホッと溜息をつき、私の髪を優しく撫でた。

「俺の事を、どう思ってる?…ハッキリ言ってくれ。どんな言葉も受け止める覚悟はある」
「…私は」

困ったように上目遣いで社長を見れば、社長は愛も変わらず優しい眼差しを向けてくれていた。
…本当の気持ちを告げてもいいものか?…社長の重荷になってしまわないだろうか?


「…理子、本当の君が知りたい」
「…私は、…社長の事が、…龍吾さんの事が、好きです」

私の告白を聞いて、社長は握る手に力を込めた。

「最初は、正直社長の事、苦手でした。・・・あんな契約がなければ、ずっとそのままの気持ちだった。
でも、貴方に触れられて、…私の中で何かが変わり始めた。
気が付けば、…貴方の虜になってました」

恥ずかしさのあまり、私は俯いた。
だって、どれだけ赤い顔をしてるかわからないから。
こんな顔、社長には見られたくない。

「…理子、こっちを向け」
「…ダメ、です。きっと、…真っ赤な顔をしてるから」

「…その顔が見たいんだ。…理子」
優しい社長の声に、オズオズと顔を上げれば、甘いキスが降ってきた。