しかし祈るような望みは、あっさりと絶たれた。
必死に頭を下げる業者の手に抱えられた伊達の絵は、確かにエアークッションで厳重に梱包されていた。
しかしその右下部分の梱包が無残にも千切れている。
業者が言うには、荷台に衝突した際、同じく積み荷にしていた何かが絵に当たったらしい。
センターの事務所内で、アキは何重にも縛られている紐をそっと解いた。
どうか絵だけは無傷であって欲しいと、ほとんど祈る思いでエアークッションを外したが
しかし残念ながら、絵の一部は損傷していた。
カギ裂きのように、5センチほどキャンバスが裂けてしまっている。
咄嗟に、絵の修復が間に合えば搬入出来るかもしれないと脳裏に浮かんだ。
だがそれは到底1、2時間で出来ることではない。
「大変申し訳ございません…!」
宅配センターの責任者らしき男性が、震える声で何度も何度もセンター中へ声を響かせた。
しかし損傷を目の当たりにしたアキの耳には、それすらも届かなかった。
緊張はもはや限度を超え、彼女の思考すら真っ白に塗り潰す。
ただここで救いだったのは、編集長がアキよりも冷静にこの事態の収集を考えていたことと
彼が、大規模な交通事故に巻き込まれた宅配業者に対しこの場で激昂するような人格ではなかったということだった。
もしこの場このタイミングで編集長の怒鳴る声を耳にしたら、小さく縮んだアキの精神はぺしゃりと潰れてしまっていただろう。
顔をしかめたままの編集長が、頭を下げる責任者へ早々に言った。
「…分かりました、損害請求については後ほどこちらからご連絡致します」
宅配業者なりに、彼から怒鳴り散らされることがないと分かり、明らかな安堵の表情を浮かべた。
「絵、俺に貸せ。桜井」
アキが抱えたままだった絵を、編集長が奪う。
「…このまま会場に持っていくんですか、だって、絵に傷が」
「今から伊達のところへ行く。お前は編集部に戻ってろ」
編集長がアキを見下ろした。突然の命令に、彼女は足を止める。が、再び前を歩く編集長へ走った。
「なら私が行きます!」
「いい。事態が事態だ。俺が行く」
「私が伊達さんの担当です。私の責任です、私が行きます!」
彼女の凛とした言葉に、彼は乾いた唇をつぐんだ。
編集長は「今度は俺が運転するから」と運転席に乗り込み、助手席を顎で示す。
彼にエンジンキーを渡す時になって、自分の手が震えていることをアキはようやく知った。
車を飛ばせば、伊達のマンションの往復、そして展覧会の会場までで約1時間半でいけるだろう。
だがそれは、絵を制作した伊達に対しての謝罪、説明、絵の修復時間を考慮しない最短の時間であって
そしてその間に事務局から「相談の結果、やはり作品搬入はお受けできません」と連絡があった時点でアウトだ。

