砂糖漬け紳士の食べ方



電話に出た宅配業者は、アキが問い詰めるより先に震えた声で謝罪をぶつけた。


『大変申し訳ございません…!宅配のトラックが、交通事故に巻き込まれてしまいまして…』


宅配業者が言うには、トラックが環状線の交差点でダンプカーに追突をされ
現在、作品に傷が付いていないか確認作業をしているとのことだった。



原因はどうでも良かった。

宅配業者に謝られても、何も事態は変わらない。




それより問題なのは、伊達の絵が今どういう状況なのか、そしてそれを展覧会に搬入できるのかということだ。

そのことにアキが言及しても、宅配業者は「確認中です」としか答えない。



時間がない。どうしても絵を展覧会会場に搬入しないとならない。



「…分かりました、では私がそちらへ直接絵の状態を確認します。お願いした絵は、今どちらの宅配センターにありますか」



電話を切ると、アキと宅配業者の通話を途切れ途切れに聞いていた編集長が、コートを再び着込んでいた。




「話は大体分かった、車出せ。行くぞ」

「編集長、あの、…私一人でも大丈夫ですから」



不始末をすべて自分で処理をしようとする、彼女の長所ならざる悪癖はここでも顔を出す。

しかし編集長は、彼女の頭を軽く小突きながら言った。


「ばーか。俺がいれば事態がどう転んでも大丈夫だろうが。ほら行くぞ桜井!」




編集長のその言葉は、言うまでもなく『絵が締め切り時間まで間に合わなかった』という最悪の事態が起こりうることを示していた。





車を走らせて早々に、アキは規定速度ぎりぎりまでアクセルを踏み込む。


宅配センターに向かう途中、運転をするアキの代わりに編集長が展覧会事務担当に電話を掛け直した。

いわゆる、不慮の事故のため、提出は少し待って欲しいという名目をごり押しするためだ。


大概こういう理由でも「じゃあなんで早めに作品を仕上げなかったの?」という責任論で、この願いは無慈悲に却下されるものだが

事務担当の徳永は「…分かりました、それでは上に相談してみますので」と実に好印象のうちに電話を切ったらしい。



乾いた唇を舐めながら、編集長は好戦的に言った。



「もし絵に傷がついていなかったら、その『相談』の結果が出るまでに会場に持ち込んじまえ。持ってけば、何とかなる」


「……もし傷があったら、どうしますか編集長、どうしたら」


微かに震える運転手の声に、編集長はしばらくの沈黙を唇で噛み締めた後、言う。



「その時は俺が考える。…桜井、落ち着いて運転しろ」



しかし編集長の注意むなしく、車はさらに速度を上げていった。