砂糖漬け紳士の食べ方



「コート、お預かり致します」

「あっ、はっ、はい、お願いします」


ほんの少し毛玉が出来始めたカーディガンの袖を隠すように、アキはテーブル下で手を組んだ。

対面に座った伊達は、彼女の狼狽に何ひとつ気付かないらしい。


「食前酒はいかがなさいますか」


ウェイターはさりげなく伊達へメニューを見せる。
しばらくメニューの上を2、3往復していた視線が、ふいにアキへ向けられた。


「君、シャンパンなら飲めるかい」

「えっ、はい、何でも!」

「そう。じゃあこれを」

「かしこまりました。ディナーコースでよろしいですか?」

「ああ、それで」


伊達とウエイターの流れるようなやりとりを目で追う。



…コース?コース料理?フレンチの?

一体どれくらいするんだろう、食前酒があるようなレストランだし…。



アキの脳内で、今までに自分が行ったことのあるレストランと、この店とが比較される。

けれど、その比較対象になるレストランは、せいぜい女子同士でキャイキャイ騒げるようなレストランしかなかった。


比較にも、ならない。




「それでは少々お待ち下さい」

「あの、伊達さん」


ウエイターが席を外すと同時、アキはいよいよ反論の声をあげた。

伊達の視線が、手元のメニュー表から彼女へと移る。



「何だい」

「あの…こんな素敵なところ、私にはもったいないと思うんですが」


それはまさしく、アキの本音だった。

こういうフレンチレストランは、一介の編集者と来るべきところではない。
伊達がプライベートで大事な人と、大事な日に来るべきレストランだ。

そういう意味も含めて言った言葉は、スルリ、彼の耳を通り抜けたらしい。

彼の視線は再びメニュー表へと戻ってしまった。



「……」

「お待たせ致しました、食前酒でございます」



沈黙をなぎ倒すように、ウエイターがボトルとグラスを持ってやってきた。

長いフルートグラスを二つ、うやうやしくテーブルへ置く。
ボトルから注がれたシャンパンは、とろりとした金色の液体。そこに微細な泡が立ち上る。

伊達が早々にグラスへ手を伸ばした。



「その節は、どうも」


乾杯、の意味なのだろうか。彼はスッとグラスを上げ、口をつける。

つられた彼女も、グラスを掲げ、シャンパンを一口飲み込む。
緊張で喉が渇いていたこともあったのだろうが、そのシャンパンはひどく美味しかった。


「…うわあ、美味しい…」


思うより先に言葉が出た。

見た目どおりにトロリとした濃厚な舌触りは、甘党のアキにはぴったりだ。


テーブルへ置かれたボトルラベルは、フランス語らしいもので書いてあったので、詳細は分からない。

けれどそう安いものではないのだろう。さすがにアキにすら分かった。


伊達は、目の前のアキに気付かれないうちにほんの少し笑顔を含み、もう一度グラスを仰ぐ。



「お待たせ致しました、こちら、生ハムと冬野菜のサラダでございます」