砂糖漬け紳士の食べ方



伊達からの夕飯の誘いは、まさしくアキにとって思ってもいない果報だった。



とは言ってもそんなデートらしいお店へ彼が行くことは予想もしない。

当たり前だ、なにせ私服をあんなクタクタしたトレーナーで済ませる男である。


ラーメンかな、ラーメンだったらいいな、それほど会話にも困らないし!


灰色のチェスターコートを着た伊達を速足で追いかけながら、二人は駅前の歩道をすいすいと進んでいった。



「食物アレルギーはあるかい」伊達が言った。


「いえ、ありません」



外へ出た伊達は、珍しくいつものトレーナーを脱ぎ、白色のハイネックセーターを着込んでいた。

さすがに油絵具でベタベタなトレーナーではラーメンを食べる気も起きないのだろう。



「あっ、伊達さん。あのつけ麺屋さん、すっごく美味しいんですよ」



以前、中野と共に食べたラーメン屋を通り過ぎ、アキが声をあげた。

彼女としては「夕飯はラーメンで十分ですよ」という前向きかつ健全なアピールを彼にしたつもりだった。



「ふうん」


けれど伊達は見向きもしない。

それどころか、アキが知っている駅前のラーメン屋を次々と通り過ぎる。

歩いてきたということは、駅前近くの店に行こうとしているのだろうが…ひとつ、またひとつとラーメン店を追い抜かして行く度にアキの不安は募っていった。


え、どうしよう、さすがにラーメンとか低価格なものじゃないと、ご馳走になるのに気が重いんだけどな。



どちらに行かれるんですか、と言葉を発するのと同時、彼がようやく立ち止まった。



そこは明らかに、ラーメン屋ではない。どこかで見たことがあるフレンチレストランだった。



そうだ、テレビだ。

この前、朝の情報番組で映っていた店に違いない。




ピタリ。貼りついたようにアキの足が止まる。


しかし伊達は何の気負いもなく、その重厚な造りの扉へ手をかけた。彼が振り返る。



「…何してるの、おいで」


「えっ、あの、ここですか伊達さん」


質問はまるで無視をされた。
アキの答えを聞く前に、伊達は早々に店内へと足をいれてしまった。

ここでようやくアキは、伊達があのくたびれたトレーナーを脱いできた理由を悟る。




「予約していた伊達ですが」


重い扉から恐る恐る入店したアキは、そのきらびやかな内装に一層肩をこわばらせた。


何せ、床が絨毯である。

そんでもって電灯は、高級百貨店でディスプレイされてそうなデザインランプ。

ウエイターだって、明らかにアルバイトレベルの人材ではない。



「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」


慣れた様子で前を行く伊達に必死に着いていきつつ、アキは視点をあちこちへキョトキョト動かした。

ここはいわゆる『彼とクリスマスディナーします』と綾子がウキウキ言っていたようなお店だ。


…ラーメン店どころじゃなかった。

てっきり、風邪の時の差し入れのお礼だと言うから、それくらいの価格のお店を予想していたのに!



「どうぞおかけください」


ウェイターが仰々しく椅子を引く。それに座ってしまえば、「どうしてこんな高そうなお店に」と伊達を詰問することはもう叶わなかった。