前回と同じく、彼女は制作をする伊達の写真を数枚撮り、残りは制作風景を眺めるにとどまった。
どちらにしろ記事は文字で書くのだし、その制作風景だって情緒的に書けば臨場感も出るだろう、という考えのもとだった。
たった30分で、明らかにキャンバスの色調は明るく変わっていく。
しかし、下に重ねている黒色のおかげで、ただ明るいだけの雰囲気ではないのは伊達独特の画風である。
キャンバスに広がっているのは、女性だった。
伊達の今までの作品に、女性というモチーフは数多く存在している。今回もその延長だろう。
そのことにアキは単純に嬉しかった。
筆を折る前の伊達が、憧れていた彼が、あの時の延長で絵を描いている──。
30分はあっという間に過ぎた。
前回のように伊達に指摘されないようにと、アキは自分の腕時計を絶えず見ていた。
そして29分10秒のところで、カメラをしまう。今回はこれで十分だ。
「伊達さん、それでは30分過ぎましたので、今回はこれで失礼致します」
アキの挨拶に、伊達がふとキャンバスから目をあげた。
そして壁掛けの時計を見、「ああ、もうそんな時間か」と呟く。
大きく伸びをし、手に吸いついていた絵筆をカラリと机へ投げ置いた。
「君、この後に予定はあるの」伊達がふいに言った。
しまいかけたカメラから、アキが視線をあげる。
「予定ですか?いえ、今日はもう取材はありませんよ」
「…取材じゃなくて。この後、どこか行く予定はあるのかってこと」
「私ですか?ありませんが」
「そう…」
何かあるんですか?と聞き返そうとしたアキの言葉は
そのあとに続けられたとんでもないセリフで、見事にかき消された。
「じゃあこの後一緒に夕飯でもどうだい?この前のお礼も兼ねて」
へっ、という素っ頓狂な声を上げたのは、もちろんアキ一人だった。
「…嫌?」
伊達が、くてんと首を軽く傾ける。
それに対抗するかの如く、アキは自分の首が取れんばかりに横へ振った。
「いえ!私で良いならぜひ!」
「じゃあリビングで待っててくれるかな。着替えるから」
ぺたぺたといつもの裸足で作業部屋を出ていったのと同時
アキは、カメラのストロボをゴトリと床へ落としてしまった。

