砂糖漬け紳士の食べ方



「いやー、インフルエンザじゃなくて良かったですねー!」


マスク越しに、アキが豪快に笑った。

夜間病院もそれこそインフルエンザ予備軍の人でいっぱいだったが
運よく彼は『普通の風邪、だけどもともとの不節制で病状が酷い』という認定をされて帰ってきたのだった。


「…あんな強引に病院へ連れていかれたのは、子供の時以来だ…」

ぐるぐるに巻きつけた青色チェックのマフラーを外しながら、伊達がどこかげんなりした様子でこぼした。
アキが問い詰める。


「だってインフルエンザだったら、寝てても治るもんが治らないですよ」

「………私は寝るから」


彼は実に力ない足取りで、寝室へ入って行った。

ここが退散の潮時だろう。
アキは持参したスーパーの袋をリビングのテーブルへ置いた。


スポーツドリンクと桃の缶詰、レトルトパックのお粥、熱対策のひんやりシート…。


とはいえこのまま置いていっても、一人で寝る伊達が支度をするのは億劫だろう。


彼女は純粋な優しさで、キッチンからコップを一つ取る。

せめて、寝ている伊達さんの横に飲み物くらいは置いてあげよう、と。





寝室へ恐る恐る入ると、ベッドで寝込んでいた伊達が視線だけをアキへよこした。


「伊達さん、あの…」


鼻水を啜る音が響く。



「スポーツドリンクを買ってきましたから、こまめに飲んでください」


アキは、ベッド脇の袖机に2リットルのペットボトルとコップを置いた。



「あと、リビングにレトルトのお粥とか桃缶とか、簡単に食べられるものを置いておきましたから」

「……ん…編集部からかい」


伊達が軽く咳こんだが、その咳も痰が絡むような重苦しいものだった。



「あ、いえ…一人の伊達ファンからの差し入れです」アキは彼に苦く笑う。



「じゃあ私はこれで失礼します」


礼儀正しく腰を折り、寝室のドアノブに手をかける。

それと同時に、背後から伊達の声がひそり響いた。



いつもとほんの少し違う、細々とした小さなボヤキだった。



「……もう帰るの?」



思わずアキが振り返る。




「…ええ、…長居したらご迷惑でしょうし…」



ふうん、とほとんど言葉と一緒になだれ込むように、伊達は再び掛け布団を自分へ掛け直した。

まるで病気の子供がふてくされるように。



「……伊達さん?」


彼女は、それとなくベッドへ近づく。

掛け布団に顔を半分埋めたままの伊達が、アキを見上げた。




「お粥、食べますか?」

「………うん、食べる」




アキに力なく返されたのは、とても14歳年上とは思えない幼稚な返事だった。