その夜は、木々に粉砂糖を振るいかけた様に雪がちらついていた。
1月半ばから急に増した寒さで、編集部内でもインフルエンザが蔓延し始めている時期だ。
どうせお風呂には入らず、適当にシャワーで済ませてそのまま髪を乾かさないで絵を描いていたんだろう。
そんでもってご飯なんて食べないで、「糖分取れるからいい」と私が置いた金平糖だけ食べていたんだ!
「…だから言ったのに!」
そうぼやく彼女の口は、対風邪用のマスクで覆われていた。しかも2枚。
そして手には、仕事の帰りがけに寄ったスーパーマーケットのビニール袋。
お見舞い、というには何だか違っていて
かと言って看病でもない。
アキには、どうも罪悪感がずっと心を漂っている。
編集部が絵の作成を頼んだからこそ、伊達が体調に無理を重ねたのではないかと。
それは半分正しくて、半分間違っている。
そんな訳で、もう夜の7時を回っていたのだが、彼女はお見舞いの品を渡してさっさと帰るつもりだった。
エントランスでの伊達の声は、確かにいつもより低かった。というより、鼻声だ。
しかしアキが名乗るなり、無言ではあったが自動ドアを開けてくれたのは、特別見舞いを拒否している訳ではないのだろう。
「こんばんは、桜井です。具合が悪いとのことで、少ないんですが差し入れを置きに…」
インターホンを鳴らすのとほぼ同時、勢いよく開いた玄関ドアに、アキは自分の低い鼻をぶつけそうになった。
マスクをつけた伊達が、半分なだれ込むような形で玄関ドアにもたれかかってきたのだ。
元々の癖っ毛は更にひどく、その目の下のクマも一層濃くなっていた。
「こ、こんばんは」その形相に、彼女は思わず一歩引く。
「……急に取材を中止して、悪かったね、どうも」
伊達はズルズルと鼻水を啜りながら言った。
熱で汗ばんでいるらしく、昨日より一層汗臭いのが嫌でも分かる。
「あの、これ買ってきましたのでどうぞ………伊達さん、病院行かれましたか?」
玄関へ入りつつ、スーパーの袋を伊達に渡そうとすると、彼は力なく首を振った。
「面倒で…」と。
アキの目が、厳しく伊達に向いた。
「熱はあるんですか」
「……今朝は38度」
「えっ……まさか、体の節々が痛いとか…」
「……何で分かるの」
彼女の二枚重ねのマスクは、あながち無駄ではなかった。
アキは、伊達のよれよれのトレーナーをガシリとひっ掴んだ。
「伊達さん、病院行きましょう、夜間病院!」
「…え」
「インフルエンザかもしれませんよ!私、タクシー呼びますから、なるべく暖かい格好してきてください、いいですね」
「いや、でも」
「インフルじゃなかったらそれでいいじゃないですか、いいから早く支度!」

