砂糖漬け紳士の食べ方


「おー、展覧会に出す件も先方が承諾してくれたかぁ、良くやった桜井」

「…はあ、まあ」

「しかしお前、あの変わった先生をよく説得出来るな。なんだ、お色気でもかましてんのか?」

「そうですね、私が黒木瞳だったら出来たかもしれませんがね」

「はは、怒んなよ。褒めてんのよ?」


展覧会の件と同じく、他の出版社が伊達に取材オファーをしていることを編集長に伝えた。

しかし編集長は一つも意に介さずにカップラーメンのスープを汚く啜る。


「噂ぁ?」

「何だか、そう流れてるらしくて…」

「まー、そうなるだろうなとは思ってたんだよね」


編集長が箸を咥えて言う。

だって、今まで沈黙してたマスコミ嫌いの画家がオファー受けたんだもん、と。



「取材許可を勝ち取った編集者が、一体どんだけ美人かって噂されてるんじゃないの?はは」


快活な編集長の笑いに、アキは昨日来ていた女性編集者を思い出した。




───『どうやら伊達は女に飢えてるらしい。なら、女性編集者なら取材を受けてくれるだろう』

───私は別に女性に飢えている訳ではないから




「でも実際はこんなだもんなぁ、わはははは」

「こんなって言わないでくださいよ…編集長…ギリギリアウトでセクハラです」

「お前にだから言えるんだよ」


編集長は楽しそうに、また麺を啜る。その汚い音と同時に、編集長の卓上電話が鳴り響いた。



「はいもしもし、山本ですが」


編集長が麺を噛み、飲みこんだところで彼がにやりと口端をゆがめてみせた。



「おー、繋いでちょうだい。…桜井、噂をすれば影だ」

「はい?」

「伊達大先生だよ」



突如編集長の口から出た伊達の名前に、編集長の席に近い中野の視線がこちらに向いた気がした。

しかし電話を受けて3秒後、編集長の眉が唐突にしかめられる。



「はい、山本です。どうもお世話になっ……え、今日の取材は中止で?」

「中止?」



アキは眉をひそめた。


「ええ、ええ、…ああーそうですか。はい、桜井にそう伝えますので。はい…はい、お大事にどうぞ」


受話器を置くと、編集長はどこぞのホームドラマよろしく両肩をすくめる。



「今日の取材は中止。伊達大先生、具合が悪いんだとよ」

「風邪ですか」

「そうなんじゃないの?鼻声だったし」



編集長の言葉を聞いた瞬間、彼女は口端を歪めた。

昨日の別れ際に言ったお節介は、スルリと伊達の耳を通り抜けて行ったに違いない。


だから言ったのに!



「分かりました。じゃあ今日は予定を変更して、取材結果まとめてます」

「おー、よろしく」




…だから言ったのに!