「やあ、おはよう」
リビングで本を読んでいたらしい伊達が、三時間のちに寝室を出てきたアキを見つけるなり、言った。
「す、すいません…その、こ、こんな時間まで…」
もはや、リビングの外は真っ暗だった。
アキは自分の熟睡を恨む。
だって、あのベッド、すごくフカフカなんだもん…!と、自分勝手な言い訳をしながら。
伊達は読んでいた本を閉じ、ソファから立った。
彼女はてっきり、彼からの厚意に甘えすぎてしまったことを叱られるのかと肩をすくめたが
彼の行き先はアキの目の前ではなく、キッチンだった。
「……」
アキの視線が、彼の後ろ姿を追う。
もしかして、言葉にしたくないほど怒っているとか?
チン。
キッチンから聞こえた電子レンジの音に、思わず背を強張らせるほどアキは悪い妄想を膨らませた。
どうしよう、このまま無視されてたらもう立ち直れないよ、私…。
しかしキッチンから出てきた彼は、マグカップを二つ携えていた。
ほっこりとした湯気をたたえたマグカップ。
「座って」
言われ、ソファの隅に腰掛ける。
彼女の前に乱暴に置かれたマグカップは、湯面が真っ白だ。
それを見るなり、彼女の視線は伊達を見上げた。
「…ホットミルク。それに、蜂蜜と少しのココアパウダー。温まるから、飲みなさい」
言って、伊達自身も同じようなマグに口をつける。
…同じような、マグカップ?
伊達が持っているものは、アキに出されたマグと同じベージュ色のものだ。
今まで、同じ柄のものなんて一つも無かったのに。
アキはおとなしくそれを一口飲み込んだ。
ミルクの舌触りがほろり喉を滑り落ちていった。
優しい。ほのかな甘さは、彼女の神経をほどよく解す。
「…美味しいです……ありがとうございます」
そう呟けば、目の前の伊達が小さく笑う。
その笑顔は今までのような薄情なものではなかった。
それを見てしまったら
アキは、伊達の意に反して製作過程を取材させて欲しい、と口にする気にはならなかった。
もう一口ホットミルクを飲めば、涙もそれに溶け込んで再び体へと戻っていく錯覚すら覚えた。

