砂糖漬け紳士の食べ方



「ええと。それで、ですね、えー…。
その、伊達さんが油絵の執筆を行わなくなった理由をお伺いしたく思いまして…」



正面に座る伊達が、アキの無茶苦茶な敬語を受け止める。

頬杖をついて、真顔で。



3回目の取材も、やはり大したとっかかりや作戦は思いつかないうちに訪れた。

あれほど悩んで徹夜しても、だ。



まあ、それでもとりあえず甘いものだけはお土産に持参してきた。


ちなみに今回は、日本初上陸のお店で焼き上げたタルトタタン。

甘酸っぱいリンゴを贅沢に使用し、熟練のパティシエ作成のしっとり生地を…。





「そういう事も記事に書くのかい」



伊達の声が、マンションのリビングに鋭く響く。

相変わらず抑揚のない一本調子。



テーブルの上に置いたタルトタタンへあえて視線を向けていたアキは、苦笑いでうなづく。


出された紅茶は、今度はアールグレイらしい。前回の時よりも格段に色鮮やかな香りがする。



「ええ、やはり、読者も伊達さんの…その、心情の変化といいますか、ええ、そういうのを求めてるのかなーと思ってまして…」



伊達の視線が、突き刺さる。

それをやり過ごすためにまた紅茶を飲んだのに、彼からの射るような視線はアキから外れない。

おかげで、もう彼女のお腹は紅茶でタポタポしていた。




伊達は数秒の沈黙ののち「ふうん、へえ、そう」と、抑揚のない返事を返した。



「…じゃあ『自分の才能に限界を感じている時に悪い女性パトロンからの事務所設立の誘いに乗るも失敗、その時の苦さから筆を折る』ってことでどうだろう」

「えっ、あっ、ちょっと待って下さい、もう一回お願いします」


「だから『日展受賞後、画家界のある重鎮から睨まれて総スカンを食らい、以来細々と活動を続けていた』…」



メモを取ろうとした彼女の指が、止まる。



「…先ほどと内容違いますけど?」


彼は軽く肩をすくめた。



「そうかな。まあ、君の好きなように書けばいい。別にどう書かれても私は気にしないから」



もしかして、先ほどのは伊達なりの冗談だったのだろうか?



「いえ、そんな。きちんと事実に基づいた記事に致します!」

「今日の取材は終わりにしよう」



伊達がおもむろに立ちあがる。



「…そう私が言えば、分かるかな?見た感じ、君は賢そうだから」



言われ、アキはぐうと唇を閉じた。


『今日の取材は終わりにしよう』。つまり、理由は言いたくない、と。