砂糖漬け紳士の食べ方


彼の癖毛が、アキの間近で揺れる。

掴まれる手首の痛みに、彼女は咄嗟に防衛本能が湧き上がった。



後ろに下がろうとして、気づく。

今座っているのは、ソファだ。



逃げようとして、気づく。

ここは紛れもなく、伊達の部屋で
今ここにいるのは、自分たちだけであることに。



彼女の場しのぎでしかない苦笑いを、伊達は見つめたままだった。

比喩でもなく冗談でもなく、目の前の男に聞こえてしまいそうなほどに鼓動が強く痛く体を叩く。




一度でいいから、抱きしめて欲しい。

思うまま口に出すものではなかった。



だって
今このまま抱きしめられたら、年の差とか、編集者の立場とか、解決していないモヤモヤが消えないまま
この官能的な空気に流されてしまうのではないか。


嫌だ。


このまま流されて、明日になったら、全部朝露みたいに消えてしまうなんて、嫌だ。



アキの目に、何故か涙が滲み始める。
理由は分からない。

ただ確かなのは、伊達の目がはっきりと目の前の彼女をとらえていることだけだった。


彼女の瞳に動揺を感じたのか、伊達はふいに手の力を緩めた。


「……ごめん」


そしていつもと同じ、あの長い前髪で隠すように目を伏せた。本心を決して悟らせないように。



「…嫌な思いをさせて悪かったね」


彼の体重がソファから遠のいていく。

ギシリと軋んだ音はソファなのか、それとも彼女の心なのか。




もう伊達は、アキを見ようとはしなかった。

その代わりにリビングの扉が、静かに静かに開かれた。
彼が帰宅を促しているのだ。


開いたドアから、少しヒヤリとした空気がリビングへ、アキの足元へと流れ込んでくる。

それはまるで、今までリビングの外にあった現実世界を思い出させるように。




思うより先に、アキはソファを立ち上がるなり、その手は伊達の服裾を掴んでいた。



俯いたまま、潤んだ瞳を瞬きしないまま


「ちっ…違うんです、伊達さん…」


今この瞬間に溢れて止まらない言の葉を、音を、心を、


「わ、わたし…伊達さんより14歳も…年下で…。
…だから、今まで優しくしてくれたのも、全部妹みたいに思ってるからだと…」


ひとつひとつ拾って、唇から落とす。



「さっき伊達さんに言われたことの意味も分かります。

…でも……ごめんなさい…
それでも私、伊達さんに抱きしめて欲しいんです…」






それは、彼女の一世一代の告白で

人生で初めてのワガママだった。