握手したままだった伊達の手が、ほんの少しだけたじろいだ。
声を言葉にした途端、アキは恥辱に顔を染める。
けれどその頬の色を見ないまま、伊達はゆっくりと握手していた手を離した。
そしてあからさまなため息を一つ落とす。
「…そういうことは、好きな男に言うものだよ」と。
確かに強く鳴っていたはずの彼女の鼓動は、この言葉でかき消されてしまって
代わりに、呼吸の息遣いで弾けてしまいそうな重い重い沈黙ばかりを浮き上がらせた。
アキは、言葉にならないままの声だけしか口から出せなかった。
しかしその曖昧な沈黙を破ったのは、伊達本人だった。
出版社へ訪問してきたあの時と同じ
長い長い長い、息をもう一度吐き出して。
「……俺が、…どれだけ我慢してると思ってるんだ」
それはほとんど、消え行くような声だった。
伊達は自らの失言に気づき、咄嗟に片手で顔を覆った。
そこから見え隠れする頬がほんのり赤みを帯びていることに、果たして今の彼女に気づけただろうか。
「……」
いや、それは無理な話だった。
現にこうして彼の失言を耳にしたにも関わらず、きょとんとした無垢な目で伊達を見上げているのだから。
自分の発言の意味を彼女がまるで理解していないとみた伊達が、ぽつり呟く。
「君……鈍感なのも大概にしなさい」
今度は急に責める色合いを含む言葉に、アキが僅かにたじろいだ。
「な、何がですか」
「分からない?」
伊達はあきれたように、大きなため息混じりに肩をすくめる。
「絵の代金はいらないと言ったのも、
もう無理してここへ来なくていいと言ったのも、
…もしかしたら、編集者として私より弱い立場を気にして、無理強いさせているんじゃないかと」
「…そう思ったから…君に、逃げ道を作ったんだ」
言葉尻は、リビングの暖かい空気と混じって消えた。
アキの眉が、歪む。
「あの、伊達さん」
鋭い伊達の視線が彼女を射抜く。
「…今度は何」
なんだろう、何で私こんなに責められているんだろう。
「……よく意味が分からないって言ったら、怒りますか」
苦笑い仕込みのアキの発言は、明らかに伊達の神経を逆撫でた。
年端もいかない女性への視線は更に鋭さを増し、あろうことかそれだけにとどまらず、伊達は勢いよくソファを立ち上がった。
彼女が身構えるよりも早く
伊達の大きな手が、その細い手首を掴む。
「じゃあ、鈍感丸出しの桜井アキさん。簡潔明瞭に言ってあげよう」
まるでこれから
「私の取材担当を終えても、こんな夜遅くに独身の40近い男の部屋に来たってことは」
彼女をソファへと押し倒すかのように。
「今から私に襲われても、もう文句は言えないってことだ」

