砂糖漬け紳士の食べ方



冬が半ばを過ぎても、やはり夜になればコンクリートの地面は底冷えをする。


アキは通い慣れた道を駆け抜け、あのマンションを目指す。
はやる気持ちは歩く速さに直結していく。


両手にあるのは、大量のショップ袋。

さきほどの駆け込みで回った、数件のデパート地下で購入したスイーツだ。



さすがにいくら本人から「絵の代金はいらない」と言われても、そうはいかない。


じゃあ何が彼に喜んでもらえるかと考えれば、甘党の画家にはやはり甘いものしか思い浮かばなかった。

財布の残金全てを人気のスイーツに変えたわけだ。



残業帰りのOLには決して見えないような大荷物で、彼女はようやく伊達のマンションのエントランスに足を踏み入れた。

そして勢いよくインターホンの数字を押す。



2、5、0、4。



いつもこのインターホンから聞こえてきていた伊達の声は、無愛想極まりない声だ。




「こんばんは、月刊キャンバニストの桜井です!」



しかし今夜ばかりは少しだけ違っていた。




『…どうしたんだい、こんな時間に』



その声に、ほんの少しの驚きが混じっていたのだ。

アキはうろたえず、更にインターホンへ口元を近づける。



「あのっ、原稿、出来たんです、ようやく編集長から決裁を頂けたんです。それで…伊達さんにご挨拶したくて」


はやる感情が声に滲み出る彼女に、けれど彼は細く長いため息をインターホン越しについた。

だが数秒後には『どうぞ』と穏やかな声が微かに聞こえ、奥扉のロックは外される。




エレベーターが階数をあがっていくスピードすら、今のアキにはもどかしかった。


そろそろ大量の袋を抱える指が痺れてきたところで、彼女はもう一度袋を抱え直した。

高層階の廊下に、もう人気は無い。

しかしその暗い夜景にふわりとなじむように、彼はいた。

いつもならリビングで彼女を迎えるのに、今夜ばかりは玄関の外でアキを待っていたのだ。


普段と変わらないくたびれたトレーナーを目にするなり、アキは大荷物を抱えながら駆け寄る。



「伊達さん、こんばんは!夜分にすみません」


しかし彼女の快活な声に反し、その相手はどこか煮え切らないようにじわりと口端を歪めた。

その変化に、アキだって気付かないほど鈍感ではなかった。

目がほんの少し泳いでいる、気がする。

ただ、今そのことに気づいて、勝手に傷ついていては、あっという間にぺしゃんこになってしまう。彼女はそう直感で信じていた。


だからこそ無理やりに笑顔を作り、無理やりに言葉を繋げた。


伊達は、そのアキの両手に溢れる袋を見て一言呟く。



「…どうしたの、その荷物」

「伊達さんへ差し入れです。あ、もしかしてお忙しいですか」



彼女の問いに、伊達は眉をしかめた。


「いや、忙しい訳じゃないんだけど……」




しかし彼は苦々しい表情のままで「ここじゃ寒いから、中へ入りなさい」と呟き、玄関の中へ消えていった。