ーーー学校ーーー
昨日、電話で余命宣告されたから
授業に出る気になれなかった
代わりに保健室にいく
ガラガラガラ……
「ん?サボりか?ダメな子だな~」
なんかこの言葉
お父さんに何回もゆわれた
『結愛はダメな子だ。もっとちゃんとしなさい』
『お父さんの気持ちにもなってくれよ』
『もういい……』
お父さんからはそんな否定の言葉しか
聞いてこなかった
そんなお父さんと同じようなことをゆうこのひとは
だれなんだろう
「先生……誰?」
「え!知らないの!困った子だな。」
この言葉もお父さんにそっくりだ
「ごめんなさい……っ」
「え、そんながちでおこってないからね!俺の名前は佐藤陽太。保健体育が担当教科です」
あぁ
なんかお父さんににてて
なんだか泣きそう
「保健で何回か教室いったんだけど。。。気づいたなかったか。残念!」
「…………っ」
「…ん?どした?まあ俺のこと覚えといてね……ってえ!!??!」
「うぅ……ヒック……っ!」
「ななななななんで!??!なんでなくの!?俺なんかわるいことした!??」
ものすごく焦ってる佐藤先生
「……お父っ……さん、が。死んじゃう……っ!」
「……え?ん?死ぬ?」
「……がん、なの」
「……あー……それは、つらいな」
「私……どうしたらいいかっわからなっい……!」
「俺も、君と同じ年の時くらいに。親を病気でなくしてるんだ…。そんときはさー俺すっげぇ反抗期で。病気だーってわかったときも遊んでばっかで。そんでさ、病院から電話が来たんだ。最後くらいはそばにいてやってくれ…って。」
「さ、い……ご?」
「うん、ほんとに最後だった。母さんの笑顔を見たのは。死ぬ直前まで俺のことみて、笑って。手で頭撫でてきたり。俺、親にめっちゃ厳しくされたんだ。そのせいもあって病室にいっても素直になれなくて。でも、そんな俺でも、大事だ。って、これからも頑張れ。って、かすれた声で言ってくれたんだ。」
「……。」
「このときさ、あー何でもっとそばにいてやれなかったんだろーって、何で素直になれなかったんだろーって毎日思うようになって。後悔しか残らなかったんだ。」
ーーー10年前ーーー
「……っなんでだよ!母さんが…。必ず助けるってゆったんだろ!??なのになんでだよ!」
俺の母さんが死んだ
病名は癌
肺癌だった
亡くなる直前、俺は病室に入った
そこにいたのは
衰弱しきった
母親だった
何本ものパイプにつながれ
やっとの思いで息をしてる感じだった。
普段はとても怖い母さんなのに
この姿の母さんは、迫力がまったくない
ほんとに、お別れだってゆーときに
母さんが俺に言葉をかけてくれた
「陽太…。お前は、ほんとに元気な子。私でも世話をやいた……でも。陽太が生まれてから、わたしの人生、が。変わったの。……これはほんと。……いつ、も……厳しくしかしなかったけど。…真の通った、たくま…し、い人になってほしかったのよ。…っ」
「母さん!!今まで反抗期でごめん!これからはちゃんといきるよ!だから、だから死なないでよ!」
「……ありがと。そう、い、って……もらえると、すごく嬉しい……でもね、わたしにはもう…………だから、ね、陽太。よく聞きなさい。陽太はわたしのぶんまで……逞しく。強く。生きるのよ。命を粗末にしたら、殴るよ……」
「…うん。うん!!」
めっちゃ涙が溢れてくる
俺の頭を撫でる母さんの手はすごくつめたくて
優しくて。
涙がボロボロ流れてくる
「そん、な。に……なかな、いでよ……。こっちまで辛くなる…………あれ。な、んで、だろ。もうわりきって。覚悟なら、で、きてる。のに、陽太に会ったらしぬ、のが、こ、わく……なっ……てき、た……!」
「母……さ、ん」
かすれた声の母さんはとても弱く
脆かった
「バイ、バイ。陽太。……げ、んき……で……」
「……おい!……おい!!!」
笑ってた
このときの母さん。
「…5時35分…永眠です。」
ーーー自宅ーーー
「母さんの遺品整理しよっか」
「あ、うん」
「あはは~まだこんなの持ってたんだ~懐かしいなぁ。」
姉ちゃんと一緒に遺品を整理する
「………」
「あっ!これなんてさ、母ちゃんが集めてた食器!これって……」
「ごめん。」
「は?」
「ごめん」
「なに謝ってんだよ!お前のせいじゃねえ「だって俺のせいだろ!!」
「俺が病気が発見されたときに見舞いとか。毎日看病してたら何か変わったかもしれないだろ!」
「…」
「俺なんて、母さんにとったらいらねーこ。ねーちゃんだけでよかったんだよ」
パーン!
「は……いっ……てぇ、なにすんだよ!!」
「これ見てみろよ!これは、母さんが毎日つけてた日記。」
「は?……っ!」
『5月3日。小さな命誕生。名前は佐藤陽太。太陽のようにあつく、輝いてほしいからつけた。』
『6月27日。陽太がたった!その瞬間をカメラに押さえたくて鈴華と大慌て!すごくかわいかった』
『7月9日。陽太が初めて言葉をはなした。その言葉は、母さん。だった。とても嬉しくて涙がこぼれた。』
『4月23日。陽太の入学式!制服が似合っていた。これからどんな高校生活を送るんだろう。とても楽しみです』
『4月24日。今日はみんなで食べに行った!記念日ってことではないんだけど笑
また思い出が増えた!これからは陽太とそれと鈴華との思い出を増やしていきたい』
『4月27日。陽太の帰りが0時をすぎた。心配になった。帰ってきたのは1時30分だった。理由を聞いてみてもうるさいとしか言ってくれなかった。こんな頼りない母親でごめんね、』
その日記には
生まれてから今までのその日にあったことが
ことこまかく書いてあった
『5月3日。この日は16回目の陽太の誕生日!鈴華とサプライズでもしよっかってはなしてたら、陽太がきてあわててケーキを隠した!すごく焦った笑
でも、見事サプライズ成功!すごく笑顔になれた』
『5月29日。陽太が先輩を殴り、謹慎になった。ストレスがたまっていたのだろうか。でも私は陽太をしんじたい』
『6月26日。病院にいったら癌だと言われた。でも小さかったし取り除けば大丈夫です、といわれたので安心。もうすこし鈴華と陽太のそばにいれる』
『7月15日。私の誕生日!鈴華がケーキを、陽太が肩を揉んでくれた。ほんとに嬉しかった。涙があふれでた。この日は一生忘れない!』
母さん。
「ほらここ。母ちゃんは6月の時点で癌だって分かってたの、それなのに私たちにはいわなかった。このいみわかる?」
「わからない……」
「ほら、多分だけどさ。無駄に心配かけたくなかったんだよ。取り除けるくらいの癌だったから、母さんなりの気遣いだよ」
『8月3日。この日は鈴華の誕生日!私がすごいごちそうをつくった!すごく力作。鈴華も美味しそうに食べてくれてた。陽太はこの日はうちには帰ってこなかった。』
『8月10日。陽太がやさぐれていった。先輩を殴ったり、バイクをのりまわしたり。。でも私は陽太を信じる』
『9月8日。鈴華が彼氏をつれてきた!とてもかっこよくてお似合いの二人だった。あの二人なら結婚を許す!笑
子供も可愛いだろ~なぁ』
『10月12日。陽太の担任の先生が家にきた。謹慎になりすぎて進級出来ないかもしれないと言われた。でも、陽太ならやってくれるはず。私は信じます。』
『11月23日。癌が転移していた。再発した。医者にはもう助からないとゆわれた。のこり4ヶ月だとゆわれた』
『12月4日。余命4ヶ月だから陽太と鈴華との思い出をたくさん作りたい。鈴華とは服を買いにいったり食事したりして。思い出が増えていくけど、陽太とはなにもできない。それどころか家にもかえって来なくなった。』
『12月23日。陽太が家に帰ってきた!一緒に食事ができると思ったらすぐに部屋にいってしまった。何度呼んでも返事してくれない。私はそれほど嫌われてしまったのだろうか。』
『1月5日。癌が尋常じゃないほどはやく進行していって、もう1ヶ月持つかもわからないとゆわれた。入院をした。はやく陽太と話したい。後悔したくない。』
『1月18日。入院して鈴華と直樹しかお見舞いに来てくれない。陽太はどうしたんだろう。心配です』
『1月27日。私はもうだめかもしれない。最後に鈴華と陽太の顔がみたい。』
『1月28日。陽太。鈴華。私はあなたたちの母親がちゃんと勤まっていましたか?しっかりした親じゃなくてごめんね。もうあなたたちの成長が見れないのはほんとに悲しい。鈴華は綺麗で何でもできる子。だからもっとバカになりなさい!あと結婚はOKよ!!幸せになってね。孫が見たかったなぁ。陽太は生まれたときからほんとに大事だった。鈴華も大事だけど、陽太はほんとに大事だった。日に日にやさぐれていく陽太を見るのは辛かったけど、いいおとなになりなさいよ。こんな母親だけど。私の人生はとても楽しかった。それは鈴華と陽太がいてくれて。暖かい家庭がもてたから。頼りない母親だったと思うけど。ムカついたと思うけど。私はあなたたちのこと愛してます。大好きよ…』
ここで日記は終わっていた
日記を閉じると同時に、涙がボロボロと出てきた
「……っ!……くっ……うっ!」
「陽太はいらない子なんかじゃない。すごく母さんから愛情をもらってた。陽太が家に帰ってこなかったときも、母さんすごく心配して探しにいこうとしたんだよ。わたしが止めたけど、そんなに愛されてたんだよ…」
「……母ちゃんは、めっちゃいい親だったよ……。ずっと一緒にいたかった。思い出が……もっとほしかった……っ!」
「大丈夫。母さんはずっと見守っててくれる」
昨日、電話で余命宣告されたから
授業に出る気になれなかった
代わりに保健室にいく
ガラガラガラ……
「ん?サボりか?ダメな子だな~」
なんかこの言葉
お父さんに何回もゆわれた
『結愛はダメな子だ。もっとちゃんとしなさい』
『お父さんの気持ちにもなってくれよ』
『もういい……』
お父さんからはそんな否定の言葉しか
聞いてこなかった
そんなお父さんと同じようなことをゆうこのひとは
だれなんだろう
「先生……誰?」
「え!知らないの!困った子だな。」
この言葉もお父さんにそっくりだ
「ごめんなさい……っ」
「え、そんながちでおこってないからね!俺の名前は佐藤陽太。保健体育が担当教科です」
あぁ
なんかお父さんににてて
なんだか泣きそう
「保健で何回か教室いったんだけど。。。気づいたなかったか。残念!」
「…………っ」
「…ん?どした?まあ俺のこと覚えといてね……ってえ!!??!」
「うぅ……ヒック……っ!」
「ななななななんで!??!なんでなくの!?俺なんかわるいことした!??」
ものすごく焦ってる佐藤先生
「……お父っ……さん、が。死んじゃう……っ!」
「……え?ん?死ぬ?」
「……がん、なの」
「……あー……それは、つらいな」
「私……どうしたらいいかっわからなっい……!」
「俺も、君と同じ年の時くらいに。親を病気でなくしてるんだ…。そんときはさー俺すっげぇ反抗期で。病気だーってわかったときも遊んでばっかで。そんでさ、病院から電話が来たんだ。最後くらいはそばにいてやってくれ…って。」
「さ、い……ご?」
「うん、ほんとに最後だった。母さんの笑顔を見たのは。死ぬ直前まで俺のことみて、笑って。手で頭撫でてきたり。俺、親にめっちゃ厳しくされたんだ。そのせいもあって病室にいっても素直になれなくて。でも、そんな俺でも、大事だ。って、これからも頑張れ。って、かすれた声で言ってくれたんだ。」
「……。」
「このときさ、あー何でもっとそばにいてやれなかったんだろーって、何で素直になれなかったんだろーって毎日思うようになって。後悔しか残らなかったんだ。」
ーーー10年前ーーー
「……っなんでだよ!母さんが…。必ず助けるってゆったんだろ!??なのになんでだよ!」
俺の母さんが死んだ
病名は癌
肺癌だった
亡くなる直前、俺は病室に入った
そこにいたのは
衰弱しきった
母親だった
何本ものパイプにつながれ
やっとの思いで息をしてる感じだった。
普段はとても怖い母さんなのに
この姿の母さんは、迫力がまったくない
ほんとに、お別れだってゆーときに
母さんが俺に言葉をかけてくれた
「陽太…。お前は、ほんとに元気な子。私でも世話をやいた……でも。陽太が生まれてから、わたしの人生、が。変わったの。……これはほんと。……いつ、も……厳しくしかしなかったけど。…真の通った、たくま…し、い人になってほしかったのよ。…っ」
「母さん!!今まで反抗期でごめん!これからはちゃんといきるよ!だから、だから死なないでよ!」
「……ありがと。そう、い、って……もらえると、すごく嬉しい……でもね、わたしにはもう…………だから、ね、陽太。よく聞きなさい。陽太はわたしのぶんまで……逞しく。強く。生きるのよ。命を粗末にしたら、殴るよ……」
「…うん。うん!!」
めっちゃ涙が溢れてくる
俺の頭を撫でる母さんの手はすごくつめたくて
優しくて。
涙がボロボロ流れてくる
「そん、な。に……なかな、いでよ……。こっちまで辛くなる…………あれ。な、んで、だろ。もうわりきって。覚悟なら、で、きてる。のに、陽太に会ったらしぬ、のが、こ、わく……なっ……てき、た……!」
「母……さ、ん」
かすれた声の母さんはとても弱く
脆かった
「バイ、バイ。陽太。……げ、んき……で……」
「……おい!……おい!!!」
笑ってた
このときの母さん。
「…5時35分…永眠です。」
ーーー自宅ーーー
「母さんの遺品整理しよっか」
「あ、うん」
「あはは~まだこんなの持ってたんだ~懐かしいなぁ。」
姉ちゃんと一緒に遺品を整理する
「………」
「あっ!これなんてさ、母ちゃんが集めてた食器!これって……」
「ごめん。」
「は?」
「ごめん」
「なに謝ってんだよ!お前のせいじゃねえ「だって俺のせいだろ!!」
「俺が病気が発見されたときに見舞いとか。毎日看病してたら何か変わったかもしれないだろ!」
「…」
「俺なんて、母さんにとったらいらねーこ。ねーちゃんだけでよかったんだよ」
パーン!
「は……いっ……てぇ、なにすんだよ!!」
「これ見てみろよ!これは、母さんが毎日つけてた日記。」
「は?……っ!」
『5月3日。小さな命誕生。名前は佐藤陽太。太陽のようにあつく、輝いてほしいからつけた。』
『6月27日。陽太がたった!その瞬間をカメラに押さえたくて鈴華と大慌て!すごくかわいかった』
『7月9日。陽太が初めて言葉をはなした。その言葉は、母さん。だった。とても嬉しくて涙がこぼれた。』
『4月23日。陽太の入学式!制服が似合っていた。これからどんな高校生活を送るんだろう。とても楽しみです』
『4月24日。今日はみんなで食べに行った!記念日ってことではないんだけど笑
また思い出が増えた!これからは陽太とそれと鈴華との思い出を増やしていきたい』
『4月27日。陽太の帰りが0時をすぎた。心配になった。帰ってきたのは1時30分だった。理由を聞いてみてもうるさいとしか言ってくれなかった。こんな頼りない母親でごめんね、』
その日記には
生まれてから今までのその日にあったことが
ことこまかく書いてあった
『5月3日。この日は16回目の陽太の誕生日!鈴華とサプライズでもしよっかってはなしてたら、陽太がきてあわててケーキを隠した!すごく焦った笑
でも、見事サプライズ成功!すごく笑顔になれた』
『5月29日。陽太が先輩を殴り、謹慎になった。ストレスがたまっていたのだろうか。でも私は陽太をしんじたい』
『6月26日。病院にいったら癌だと言われた。でも小さかったし取り除けば大丈夫です、といわれたので安心。もうすこし鈴華と陽太のそばにいれる』
『7月15日。私の誕生日!鈴華がケーキを、陽太が肩を揉んでくれた。ほんとに嬉しかった。涙があふれでた。この日は一生忘れない!』
母さん。
「ほらここ。母ちゃんは6月の時点で癌だって分かってたの、それなのに私たちにはいわなかった。このいみわかる?」
「わからない……」
「ほら、多分だけどさ。無駄に心配かけたくなかったんだよ。取り除けるくらいの癌だったから、母さんなりの気遣いだよ」
『8月3日。この日は鈴華の誕生日!私がすごいごちそうをつくった!すごく力作。鈴華も美味しそうに食べてくれてた。陽太はこの日はうちには帰ってこなかった。』
『8月10日。陽太がやさぐれていった。先輩を殴ったり、バイクをのりまわしたり。。でも私は陽太を信じる』
『9月8日。鈴華が彼氏をつれてきた!とてもかっこよくてお似合いの二人だった。あの二人なら結婚を許す!笑
子供も可愛いだろ~なぁ』
『10月12日。陽太の担任の先生が家にきた。謹慎になりすぎて進級出来ないかもしれないと言われた。でも、陽太ならやってくれるはず。私は信じます。』
『11月23日。癌が転移していた。再発した。医者にはもう助からないとゆわれた。のこり4ヶ月だとゆわれた』
『12月4日。余命4ヶ月だから陽太と鈴華との思い出をたくさん作りたい。鈴華とは服を買いにいったり食事したりして。思い出が増えていくけど、陽太とはなにもできない。それどころか家にもかえって来なくなった。』
『12月23日。陽太が家に帰ってきた!一緒に食事ができると思ったらすぐに部屋にいってしまった。何度呼んでも返事してくれない。私はそれほど嫌われてしまったのだろうか。』
『1月5日。癌が尋常じゃないほどはやく進行していって、もう1ヶ月持つかもわからないとゆわれた。入院をした。はやく陽太と話したい。後悔したくない。』
『1月18日。入院して鈴華と直樹しかお見舞いに来てくれない。陽太はどうしたんだろう。心配です』
『1月27日。私はもうだめかもしれない。最後に鈴華と陽太の顔がみたい。』
『1月28日。陽太。鈴華。私はあなたたちの母親がちゃんと勤まっていましたか?しっかりした親じゃなくてごめんね。もうあなたたちの成長が見れないのはほんとに悲しい。鈴華は綺麗で何でもできる子。だからもっとバカになりなさい!あと結婚はOKよ!!幸せになってね。孫が見たかったなぁ。陽太は生まれたときからほんとに大事だった。鈴華も大事だけど、陽太はほんとに大事だった。日に日にやさぐれていく陽太を見るのは辛かったけど、いいおとなになりなさいよ。こんな母親だけど。私の人生はとても楽しかった。それは鈴華と陽太がいてくれて。暖かい家庭がもてたから。頼りない母親だったと思うけど。ムカついたと思うけど。私はあなたたちのこと愛してます。大好きよ…』
ここで日記は終わっていた
日記を閉じると同時に、涙がボロボロと出てきた
「……っ!……くっ……うっ!」
「陽太はいらない子なんかじゃない。すごく母さんから愛情をもらってた。陽太が家に帰ってこなかったときも、母さんすごく心配して探しにいこうとしたんだよ。わたしが止めたけど、そんなに愛されてたんだよ…」
「……母ちゃんは、めっちゃいい親だったよ……。ずっと一緒にいたかった。思い出が……もっとほしかった……っ!」
「大丈夫。母さんはずっと見守っててくれる」

