「あら、気が付いたの?」


そんな、沈黙の支配を打ち破って、やわらかな女性の声が耳に届いてきた。


声の主を探すと、ステージの方からこちらへ歩いてくるのが見えた。


長いサラサラの黒髪にお人形さんのように整った顔立ち。


スタイルも良くて、すらっと伸びる細い脚に大きな胸を持った、女の私でさえ目を奪わてしまう美少女。



それは、堕ちた世界に射した一筋の光明のように思えた。


いや……、この時の私達は、ただ幸希の死から、不条理から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。



「あおいさん、久しぶりね」


「……お、おひさしぶりです」


美少女は、私のよく知っている3年生だった。


その容姿と落ち着いた物腰で、男子のみならず、女子や先生ですら虜にしてしまう学校1の有名人。
私がさぼりがちな部活の部長……。


七星紫音(ななせしおん)先輩。


「……あ、あの」


「急に動かない方がいいわ」


紫音先輩は立ち上がろうとした私を手で制して、隣に腰を下ろした。


そして、


「じっとしていて」


と、持っていたハンカチで額の汗を拭ってくれる。


冷たくて気持ちいい……。


さっきの澪といい、ハンカチが水に濡れているから、汗でべた付いた肌に心地良いんだと今更ながらに気が付いた。


水があるなら飲みたい。すごく喉がカラカラだ。


そう思っていると今度は、


「どうぞ」


どこから出したのか、ペットボトルの水を手の平に乗せてくれた。


一気に半分ほど飲み干すと、カラッポの胃に染み渡っていくのが分かった。


ふぅ~、と大きな息が自然と吐き出される。


「落ち着いたかしら」


「あ、はい。ありがとうございます」


お礼を言うと、紫音先輩は、


「それじゃあ、話し合いをしましょうか」


と、了解を得るようにみんなを見回した。