「大丈夫、落ち着け」

マイクに声が入らないよう小声で囁きそっと背中に手を添える。

私が不安気に見上げると葛城は「出来る!」と言わんばかりにこっくり頷いた。

やるしかない…のか…。

「ご紹介たまわりました小森遥と申します」

お辞儀をした瞬間、思い切りマイクに頭を打ち付けた。

おっさんのベタなギャグのような展開に会場はシンと鎮まり返る。

「っぶ…」隣にいた葛城は堪えきれず吹き出した。

ああ…消えたい…。

「い、いきなり、粗相をして申し訳ございません」

私はおでこを抑えながら頭を上げる。

もうこれ以上の恥はない。逆に怖いものがなくなり腹を括った。

「ご覧の通り、まだまだ未熟ではありますが、切磋琢磨の気持ちは充分にありますので、どうぞ皆様ご指導のほど宜しくお願い致します」

今度は頭をぶつけないよう一歩下がってきて頭を下げる。

会場は割れんばかりの拍手の音に包まれた。

主賓席が視界に入るとおじいちゃんが立ち上がって拍手をしている。

応援してくれていた気持ちが痛い程伝わってきて、思わず頬を緩めた。

私達は並んで改めて一礼する。

これでもう逃げられないし、三億円…いや、葛城を逃がさない。

私達は腹の内に抱える其々の思惑を隠すよう、見つめ合いながらにっこりと微笑んだ。