「ほんとは今日ねアンタに会うつもりなかった。」

唐突にこぼれ落ちた残酷で実行されなかった言葉。

俺は黙ってマオを見つめた。

「アイツが行けって言わなきゃ私は来なかった。」

マオは目を伏せて申し訳なさそうな瞳で、もぞもぞと動く自分の手を見つめた。

「だってアンタ会ったら絶対に私のこと忘れないでしょ?」

もちろんだ。

会っていなくてもきっと忘れない。

だけど、俺の想いを言葉で表したら桜の花びらが降り落ちるように儚く散ってしまいそうな気がした。

だから俺は曖昧に「そうかもしれない」と苦笑した。

「ごめんね。
私なんかにか変わらなきゃきっとナカムーはもっと楽しい想いができたのに」

そう言ってあの子は切なそうに笑った。

俺はやるせなくてふと空を見上げた。

相変わらずの曇り空。

その中に一点だけ月明かりにすかされて、薄い雲が淡く光った。

少しだけど、ゆっくり少しずつ雲が切れていく。

風に押し流された薄いベールの向こう側で、片手で足りてしまう程度の星が顔を出した。

「マオ!」

俺は無意識に彼女を呼んだ。

空を見るのを諦めて川を見つめていた彼女が顔をあげる。

とたんに彼女の顔に花が開いた。

空の星とは比べる必要もないほどの輝きが彼女の目の中にあった。

俺は形にすらならない言葉の塊が喉に引っ掛かって出てこなかった。

こんなに美しいものを俺はこのかた見たことがあっただろうか?

息を忘れるほどの輝きの向こうで彼女は無邪気に声をあげた。

「ナカムー!見て見て!晴れたよ!星が見えたよ!」

はしゃぐ彼女の横でシャツの胸元を握りしめ、小さく「うん」と答えた。

俺は彼女に出会って再度確認しただけだった。

あぁ、俺本当に彼女を好きなんだなと。