英 湊は、26歳のふつうのOLだ。その日も、いつものように出勤してパソコンが置かれている自分のデスクに着く。カタカタと慣れた手つきでパソコンを打ち込んでいると、ヌッと自分の近くに何か大きな人物が立ちはだかったのがわかる。
そちらの方へ向いてみると、そこには湊がよく知る人物がいた。

「よぉ。お疲れ。これ、よかったら食うか?」

岡崎大祐(おかざき だいすけ)だ。彼は湊とは他のOLに比べたら仲がいい方で、たまにこんなふうに、お菓子を差し入れしたりする。今日は、最近CMで見かけた新発売のお菓子だ。

「ありがとう!今度なんか奢るね!」

いつもの笑みでそう言うと、岡崎は「おう。」と短く答えると、ヒラリと片手を上げて自分の持ち場へと向かう。湊が、マジマジとそのお菓子を見ていると、隣のデスクに座っている後輩の、由佳理が恐る恐る声をかける。

「あの、先輩って本当に岡崎さんと仲がよろしいですよね。その。おつき合いしてるみたいに……。」

由佳理は、大人っぽい雰囲気とは裏腹に、かわいらしい声と可愛らしい仕草で訪ねてきた。それで、いつも思ってるのが、「そんなにかわいい声してるのに、なぜ、声優にならなかったんだ。」だった。
しかし、それを本人に聞いたところで仕方がないので、湊は笑い飛ばしながら手をパタパタと振る。

「付き合ってない付き合ってない。面接の時にたまたま声かけられただけだからさ!」

湊のその言葉に、由香里は言いにくそうに口ごもらせながら次の言葉を告げる。

「…でも、一部の部署ではつき合ってるって噂ですよ…。」

まったくもー。ちょっと仲がいいからってだけでそんな噂たてなくてもいいじゃん。小中学生か!

そんなことを思いながらも、湊は

「言わせとけばいいんじゃない?すぐに薄れるし。」

と、陽気に答えた。その様子を見て、由香里はいつも思う。

(先輩……ホントにポジティブだな。)

自分にはそんなポジティブは持ち合わせていない。そのため、そんな風にポジティブになれる湊が、由香里にとってはいつも羨ましいと思わせていたのだった。


「はいはいはい!アンタ達!手が止まってるよ!口よりも手を動かす!定時で帰れなくなるでしょ!!」

二人に近づいてそんな野次が飛ばしてきたのは、この部署のお局の「美咲」だった。美咲は、大きいお尻の上に手を当てて二人をギラギラと睨みつけている。
53歳のおばはん。怖し。


彼女は、OL達からの評判は悪く、彼女の下に着いたら安定剤などが手放せなくなると大袈裟に言われてしまうほど、怖い人だった。
そんな美咲に怒られた二人は、かけ声もなく同時に「すみません……。」と告げて、仕事に取りかかった。コレで終わりかと思いきや、美咲は湊から岡崎から貰ったお菓子を取り上げると、それを見て「ふん。」と鼻を鳴らすと、

「こんなもんばっか食べて…私がアンタの母親だったら泣いてるね!だから結婚出来ないんじゃないの?」

いや、あんた私のなにを知ってるんだよ。
湊は心の中でそう呟きながらも、聞こえないフリをして作業に取り掛かる。美咲は、そのお菓子をそのままデスクに叩きつけるかのように乱暴に置くと、さっさと自分のデスクへと向かった。

こんな風に、上司に腹立ちながら、昼食で至福のひとときを噛みしめて……そして、いつものように仕事の終わりを向かえる。

そこまでは、いつもと変わらなかった。