「すいませーん!生ひとつ!」
「ウーロン茶もくださーい!」

ガヤガヤと騒がしい店内で、注文の声が一際大きく聞こえた。
一番奥の席に座る30半ばの男性は既に酔いが回っているのか、ケラケラと笑いながら隣に座る人の肩をバシバシと叩いている。痛そうだ。

私は手元の空になったグラスに視線を落とした。周りが騒がしいほど、沈黙する私がこの空間から切り離されたような感覚に陥る。溶けて小さくなった氷がグラスの中でカラン、と鳴いた。

「ーー先輩?」
「……えっ?」

目の前にはいつの間にか、こちらをじっと見つめる男が一人。
ダークブラウンのふわふわの猫っ毛に、少し長めの前髪から覗くキレイな瞳。長い睫毛に縁取られたそれはまるで女子のようで、思わずほう、とため息をつきたくなるほど。

「なにか飲みます?」

先輩、ずっとグラス空のままだから、と返事をしない私を促すように、空になったままのグラスを指差しながら問う。

「いや、大丈夫。ありがと三嶋くん」
「あ、俺の名前覚えててくれたんすか」
「当たり前でしょ、君が入ってもう2ヶ月になるんだから」

三嶋くんはうちのカフェに2ヶ月前に入った新人さんだ。
新学期はバタバタするだろうからというマスターの謎の気遣いによって、2ヶ月後の6月という中途半端な時期の今日に新人歓迎会を開いている。
マスターはただ理由をつけて飲みたいだけなんだろうけど。普段落ち着いた店で働いている私にとっては、ガヤガヤとした居酒屋は居心地が悪い。