モーニングを食べ終わると、大丸があくまでには時間があった。カンナは千里に電話をかけた。
 「あっ、カンナさん、今東京?どんな感じ?」
 「千里さん、いろいろお世話になったけど、とてもうまくいってるの」
 「よかったね。それでいつ帰るの?」
 「今日の四時ごろ新神戸に着くわ」
 「じゃ、話聞かせてよ。あとの二人呼んで新神戸まで行くわ」
 「ちょっと、恥ずかしいけど」
 「駄目よ。何でも語り合うのが掟でしょう」
 「わかってるわ。じゃ、新神戸のホテルのラウンジで待っててね」
 「待っています、じゃその時ね」
 カンナはホテルを出て、新しくなった東京駅のレンガ造りの写真を撮ったり、駅の美術館を覗いたりして、十一時前に宝石売り場に着いた。カンナがぶらぶらと歩いていると、明也が忙しそうに駆け込んできた。
 「前からちょっと見ていたものがあるんだけど」と言って、明也はティファニーにカンナを連れて行った。
 「これどうかな?」
 指差されたものの値段を見ると、二十万円を超えている。カンナは指輪そのものより先に値段に目が行った。
 「そ、そ、そんな高いもの・・・。頂くわけにはいきません」
 「だって、わざわざ東京まで来てくれたんだろう。これくらいのことはしなければ」
 「なんか、エビ鯛ですわ」
 「ハ、ハ、ハ、おかしいことを言うねぇ」
 そして店員に向かって、
 「これ、この子に合わさせて」と言う。
この子って言い方、おかしいんじゃないかと、カンナは思う。
それは、「メトロ リング ダイヤモンド ローズ ゴールド」というものだった。細身でローズ色が華やかだ。
「ちょうど、おサイズもよろしいようでございます」と、店員は明也に向かって行った。
「そのようだね、カンナどう?」
「綺麗ですけど、こんな高価なもの・・・」
「いいんだよ、気に入ったならそれにしとこう」と言って、明也はさっさと勘定を済ませてしまった。
「さっ、飛行機の時間があるから、ここでお昼をすませよう」
そう言って明也はデパートの食堂に案内した。
「鰻でもいい?」
「はい」
向かい合ってまともに明也を見た。好ましい容姿の人だった。
「ありがとうございます」
カンナはティファニーの紙袋を差し上げてお礼を言った。
「いやいや、そんな大げさなことでないよ。これからの事だけど、三週間後に神戸に行くのだけど、それまで待ってもらえる?」
「待ちきれないかも知れないけど、待たなければ仕方ないわ」
「間で、一度上京してくれてもいいよ。こっちも多分恋しくなると思う」
「来てもご迷惑でないのでしたら、多分、多分、来たいです」
「ホ、ホ、ホ」と明也は笑った。
カンナの頬はぽっと赤くなった。
明也は満足そうに鰻を食べると、急いで空港へと向かって行った。
カンナは東京土産のお菓子を買い込み、新幹線に乗った。
ホテルのラウンジで、邦子と穂波と千里が待っていた。
「カンナさーん」と千里が呼んだ。
カンナたちは喫茶店に落ち着いた。
「ねえねえ、どうだったの、よかったの?」
その言葉は、暗黙の裡に何を聞いているかが解りあえる言葉だった。
「とてもよかったわ。今までに経験したことのないことばかりだったわ」
「羨ましい」と、穂波と千里がため息をつきながら言った。
それから、昨夜のことを細かく語り始めた。穂波と千里は好奇心いっぱいの目をしていた。邦子は、少しクールな目でカンナを見ていた。
それから、東京に着いたとき迎えがなかったことを話した。みんなはがやがやと自分の憶測を述べた。結論は、明也の打算だということになった。意外と肝っ玉の小さい男で、カンナの後ろに怖い男でもいたらと思って逃げ腰だったのだといった。カンナは、違うと思っていたが、抗わなかった。明也の言う通り、突然の来客で度を失っていたのだと思った。事務の女の子については、それは絶対に落とされるよと言う結論になった。カンナはその点に関しては、大丈夫だとは言えなかった。みんなが口々にそれを言った時、嫉妬の炎が、めらめらと燃え上がるのを感じた。カンナの体が美しいといったということに関しては、あまり同意の様子が見られなかった。カンナは自分でも解っていた。それは、明也のリップサービスなのだ。最後に指輪を見せたときには、皆ため息をついた。明也が本気でカンナを思っていると認めざるを得ないと言った。しかしその陰には、プラトニックラブの少女の面影があるのだと言った。
その指輪を見てから、四人は酔ったようになり、目に涙を浮かべたりした。穂波と千里は自分もそれくらい愛してくれる人が欲しいと口に出して言った。邦子は結婚式を控えているので大様にふるまっていた。カンナはみんなに悪いと思いつつ、昨夜のことを思い出しては、放心していた。ようやく自分にも本当の喜びが得られたのだと、明也がしたことを、今更のように一つ一つ体に感じながら、だんだんとみんなの声が遠くなっていくのを感じた。