ベッドの中で
ホテルでは十七階の部屋を案内された。窓からの眺めは素晴らしかった。下を眺めれば、人や車がおもちゃのように動いている。空を見上げると、雲一つない青い青い空があった。
カンナは、自分は下界の人でなく、天上の方に近い人と錯覚した。カンナは羽衣をまとって、天空を飛び回っている自分を感じていた。自分が天女になった姿を、青い空に思い描いて、窓辺に立ってうっとりしていた。
われに返ると、自分はしがない五十七歳の女であると思うと、こうして夢の中で時間を過ごしていてはいけないと慌てる。せめて、アラフォーと言われたことに応えられるようにしなければ・・・。
時計を見ると、かつがつ時間はあった。
値段が高いので、もう二度と行くまいと思っていたエステに最後の磨きをかけに行こうと、フロントに電話をかけた。
「はい、エステでしたら、近くにございますので紹介いたしましょう」
カンナは、旅行中なので一回限りだと言うことを強調して、全身エステを頼んだ。
ホテルに帰り着いてしばらくすると、明也から電話がかかった。
「下に降りておいでよ。ディナーをしよう」
「はい、すぐ降ります」
カンナはこんなこともあろうかと、ドレスアップして待っていた。
「ちょっと歩くけど、とても美味しいフランス料理のレストランがあってね。そこに行こうと思うのだけど、フランス料理でいいかな?」
「ええ、最高ですわ。大好きです」
「よかった。さっき予約をしたものの、お気に召さなければどうしようかと、ちょっと思っていたんだよ」
「明也さんがお好きなものなら何でも好きですわ」
「そんなこと・・・。僕に何も遠慮はいらないんだよ」
「いや、遠慮じゃないんです。本当に明也さんがお好きなものは、私も好きになれますわ」
「じゃ、すっぽん料理と言えば?」
「いやあだ、そればかりは。そんなげてもの、明也さんお好き?」
「いやっ、カンナさんが可愛いから、ちょっとからかってみた」
「悪い人!」
二人はつかず離れずの距離で、談笑しながらレストランに着いた。
カンナは、こんな洗練されたお店は初めてだった。
夫は、地味で働いてばかりいた。地方出で機械ばかりいじっている人だったので、都会の華やかな所には連れて行ってくれなかった。カンナの家も、母親が地味な人で、外食嫌いだった。友達とランチするのが精々だった。
こんなしゃれた店で、しゃれた服装の人たちばかりが食事している光景に、カンナは目がくらみそうだった。こんな店に連れて来てくれる明也がまばゆかった。
「こんなしゃれたお店に、よくいらっしゃるの?」
「そうだね、年に五、六回は来るかな」
「素敵ねぇ。こんなとこ、初めてです」
「そう?味もいいからね」
「そう、嬉しいわ」
「ワインは何がいいかな?」
「解りません。お任せいたします」
「じゃぁ、あれにしよう」と言ってボーイを呼んで、
「この間のガザンのワインつけて」と注文した。
「かしこまりました。この間のあれですね」と言って、ボーイは立ち去った。
二人は程よく酔ってホテルに帰って来た。
「カンナさん、ここの夜景は素晴らしいよ」と言って、明也はカーテンを開けた。
「まあ、なんて綺麗なんでしょう。地上は光の海だし、空は、お星さまが一杯。さっきまでは抜けるような青空が広がっていたのですよ」と言いながら、その青空を天女となって飛び回っていた自分の姿を見ていた。今はペガサスとなって夜空を駆けて行く自分。
「待っていたんだよ」と言うささやきが耳元を撫で、カンナは突然明也の腕にからめとられた。明也の力は強く、ぐいぐいとベッドの方に引き寄せられていく。
「ちょっと、お待ちになって。シャワーを浴びてまいります」と、カンナはもがいた。
「駄目!駄目!」と、明也はカンナを一層強い力で抱きしめ、二人はベッドに倒れ込んだ。カンナはもう何も言えなかった。人形のように明也にされるままになり、湧き上がってくる喜びにじっと耐えていた。
「いい女だなあ、合格点だ」と、明也はしみじみとした口調で言った。
「合格点て、どういうことですの?」
「今日初めてカンナを知ったけど、生まれて初めて結婚したいと思ったのだよ」と明也は言って、カンナの背中を優しく撫でた。
カンナはふっと我に返った。結婚などになったら、隠している年がばれてしまう。明也はどう見たって、五十前後だ。年を知ったら幻滅するに違いない。
「結婚したいと言ったけど、うちの母親は相当な頑固者だし、ヒステリの気質もあるから、あの人の生きているうちは、結婚はしない方がいいんだけどね」
そう言ったまま明也は黙ってカンナを抱いて撫でている。
いとしい方。私だって、結婚なんて出来ないんですと思いながら、
「ずっとずっと先の話でも、結婚しようっていってくださるのね。嬉しいわ」と囁いた。
「今夜はずっとこうしていよう。明日は九時までに会社に出ればいいのだから」
「本当にあなたはいい人だったのね。東京駅のホームでは、どうしようかと目の前が真っ暗になったの」
「ごめんね。だからね、今夜は借りのお返しだ」と言って、もう一度カンナを深い喜びの淵に連れて行った。
そんなことは、かつて体験したことないことだった。カンナは湧き上がる幸せの波に身を任せながら、ほとんど、気を失いかけている。それを察した明也は、
「よかったかい」と、カンナを現実に呼び覚ますように言った。
カンナは子供のように大きく頷いた。
「昔ね、ずっと昔、まだ僕が大学生の頃にね、カンナのような少女に会ったんだよ。ことわっておくけど、それはプラトニックラブに終わったの。ほら、今僕と一緒に会社やってる友がね、夏休みに自分の信州の実家に僕を呼んでくれたのさ。実家の近くの林の中の小道を二人で散歩しているとね、向こうから、その時にしては珍しい小型犬を連れた少女がやって来たの。僕は一目でその色白のほっそりした少女に憧れたのさ。少女もすれ違う時、ちょっと頭をさげてくれた。それからというもの、僕は毎日毎日その林に散歩に出かけたの。会える時もあったし、会えない時もあった。僕は一週間滞在の予定を二週間にのばして林を彷徨ったけれど、友がね、あの娘は、大会社の社長の娘で、弁膜症を患って東京から転地療養にきているので、お前には高嶺の花だと諌めたのだ。僕は諦めずには済まないと思って、諦めたのよ。カンナの面影の中に、その少女の面影が重なるのだ。だからカンナは僕にとっての原点だ」
そういって、明也はカンナの深くに触れようとする。
「いけませんわ。そんなことなさっちゃいけませんわ。あなたの、その美しい少女のイメージを冒涜なさっちゃいけませんわ」
「目の前にいるカンナはカンナだよ。大人の豊穣な肉体を持っている一つの個体なんだもの。それに目のくらまない男なんて男じゃないよ」
「おだてがお上手」
カンナは明也の言葉が歯の浮いたものであると思っていた。夫は一度も褒めなかったし、邦子や穂波や千里と温泉旅行に行った時も、誰も褒めてくれなかった。あの時は千里のギリシャの彫像のような端正な裸体に圧倒されたものだ。
明也の言うことが本当なら、こんな貧しい体験でこの年まで来ることはなかっただろう。遅まきの結婚をするまで、何もなかったし、夫の死後も何もなかった。今思い返せば、若いときそれらしい感情で近寄って来た人も二人、三人いたが、奥手だったのか、自分の方からは何も感じなかった。そうこうするうちに、みな去って行った。だから、明也の言うことが本当とは思えない。
「今日はゆっくりできる日でよかったよ。明日は福岡に出張なんだ。急にお得意さんがゴルフに招待してくれてね。断り切れなくてうちの事務の子に飛行機のチケット取らせたんだが、はっと気が付いたらカンナと会う約束の日の翌日なんだ。しまったと思ったのだけど、事務の子に出張が知れているのに、ドタキャンすることもできなくなったのだ。あれはよく頭のまわる子でね。勘がよすぎて、何も言わないけど、みんな解っているようなんだ」
「あの方、明也さんにとても気があるという目つきであなたを見ていたわ」
カンナは自分を鋭い目つきで見たとは言えなくて、言葉を変えて二人の関係を探ろうとした。
「いや、そんなこともあるまいけど、時々感じることもあるんだ。行動を見張られているように思うときに。けど、嫁入り前のあんな若いお嬢さんを、傷つけることはできないよ」
「でも、社長さんって、魅力ある存在だわ。捨て身で押して来られたら、どうなさる?」
「どうもこうも。そんなことはないって」
「少し気持ちがざわざわするわ。毎日一緒に居られるんですもの」
「毎日いるから、感じないということもある。カンナとはしょっちゅうは会えないし、僕の原点の少女の面影と重なるし、何よりも成熟した大人の感覚が大好きだ」
「信じてていいのね」と、カンナは明也にすり寄って行った。
「ああ、約束する。ところで、明日の事だけど、顔を出せば、すぐ会社を抜け出すので、一緒に買い物しよう。飛行機の時間までの間に、指輪を一つ買おう」
「えっ、指輪?」
「うん、誕生石のを一つ買ってあげたいな」
「誕生石?いい、いい、ダイヤですもの、高いわ」
「じゃぁ、小さいダイヤを散りばめてアレンジしたものあるだろう。そんなのにしよう」
「いいの、いいの」
「いいってば」
明也は疲れたのか眠ってしまった。カンナは眠れなくて、明也の寝顔をじっと見ていた。
カンナがどんな悪い女かもしれないのに、安心しきって眠っているのが他愛なく子供っぽい。やがてカンナも明也に寄り添って眠ってしまった。
翌朝は明也の方が先に目覚めた。七時だった。明也はカンナの頬に軽くキスをしてカンナを目覚めさせた。カンナは目を開けて微笑んだ。明也は髭を剃った。カンナは素顔では耐えられないと化粧をしたまま眠っていた。朝になって化粧を落としてまたすぐ化粧をした。
「行ってくるよ。カンナはルームサービスを頼んであるから、ゆっくり朝食を食べてから、大丸の宝石売り場で十一時に待っていてよ」
「指輪はほんといいんです」
「いやいや、これは僕が買いたいのだから」
そう言い残して明也は出て行った。
ホテルでは十七階の部屋を案内された。窓からの眺めは素晴らしかった。下を眺めれば、人や車がおもちゃのように動いている。空を見上げると、雲一つない青い青い空があった。
カンナは、自分は下界の人でなく、天上の方に近い人と錯覚した。カンナは羽衣をまとって、天空を飛び回っている自分を感じていた。自分が天女になった姿を、青い空に思い描いて、窓辺に立ってうっとりしていた。
われに返ると、自分はしがない五十七歳の女であると思うと、こうして夢の中で時間を過ごしていてはいけないと慌てる。せめて、アラフォーと言われたことに応えられるようにしなければ・・・。
時計を見ると、かつがつ時間はあった。
値段が高いので、もう二度と行くまいと思っていたエステに最後の磨きをかけに行こうと、フロントに電話をかけた。
「はい、エステでしたら、近くにございますので紹介いたしましょう」
カンナは、旅行中なので一回限りだと言うことを強調して、全身エステを頼んだ。
ホテルに帰り着いてしばらくすると、明也から電話がかかった。
「下に降りておいでよ。ディナーをしよう」
「はい、すぐ降ります」
カンナはこんなこともあろうかと、ドレスアップして待っていた。
「ちょっと歩くけど、とても美味しいフランス料理のレストランがあってね。そこに行こうと思うのだけど、フランス料理でいいかな?」
「ええ、最高ですわ。大好きです」
「よかった。さっき予約をしたものの、お気に召さなければどうしようかと、ちょっと思っていたんだよ」
「明也さんがお好きなものなら何でも好きですわ」
「そんなこと・・・。僕に何も遠慮はいらないんだよ」
「いや、遠慮じゃないんです。本当に明也さんがお好きなものは、私も好きになれますわ」
「じゃ、すっぽん料理と言えば?」
「いやあだ、そればかりは。そんなげてもの、明也さんお好き?」
「いやっ、カンナさんが可愛いから、ちょっとからかってみた」
「悪い人!」
二人はつかず離れずの距離で、談笑しながらレストランに着いた。
カンナは、こんな洗練されたお店は初めてだった。
夫は、地味で働いてばかりいた。地方出で機械ばかりいじっている人だったので、都会の華やかな所には連れて行ってくれなかった。カンナの家も、母親が地味な人で、外食嫌いだった。友達とランチするのが精々だった。
こんなしゃれた店で、しゃれた服装の人たちばかりが食事している光景に、カンナは目がくらみそうだった。こんな店に連れて来てくれる明也がまばゆかった。
「こんなしゃれたお店に、よくいらっしゃるの?」
「そうだね、年に五、六回は来るかな」
「素敵ねぇ。こんなとこ、初めてです」
「そう?味もいいからね」
「そう、嬉しいわ」
「ワインは何がいいかな?」
「解りません。お任せいたします」
「じゃぁ、あれにしよう」と言ってボーイを呼んで、
「この間のガザンのワインつけて」と注文した。
「かしこまりました。この間のあれですね」と言って、ボーイは立ち去った。
二人は程よく酔ってホテルに帰って来た。
「カンナさん、ここの夜景は素晴らしいよ」と言って、明也はカーテンを開けた。
「まあ、なんて綺麗なんでしょう。地上は光の海だし、空は、お星さまが一杯。さっきまでは抜けるような青空が広がっていたのですよ」と言いながら、その青空を天女となって飛び回っていた自分の姿を見ていた。今はペガサスとなって夜空を駆けて行く自分。
「待っていたんだよ」と言うささやきが耳元を撫で、カンナは突然明也の腕にからめとられた。明也の力は強く、ぐいぐいとベッドの方に引き寄せられていく。
「ちょっと、お待ちになって。シャワーを浴びてまいります」と、カンナはもがいた。
「駄目!駄目!」と、明也はカンナを一層強い力で抱きしめ、二人はベッドに倒れ込んだ。カンナはもう何も言えなかった。人形のように明也にされるままになり、湧き上がってくる喜びにじっと耐えていた。
「いい女だなあ、合格点だ」と、明也はしみじみとした口調で言った。
「合格点て、どういうことですの?」
「今日初めてカンナを知ったけど、生まれて初めて結婚したいと思ったのだよ」と明也は言って、カンナの背中を優しく撫でた。
カンナはふっと我に返った。結婚などになったら、隠している年がばれてしまう。明也はどう見たって、五十前後だ。年を知ったら幻滅するに違いない。
「結婚したいと言ったけど、うちの母親は相当な頑固者だし、ヒステリの気質もあるから、あの人の生きているうちは、結婚はしない方がいいんだけどね」
そう言ったまま明也は黙ってカンナを抱いて撫でている。
いとしい方。私だって、結婚なんて出来ないんですと思いながら、
「ずっとずっと先の話でも、結婚しようっていってくださるのね。嬉しいわ」と囁いた。
「今夜はずっとこうしていよう。明日は九時までに会社に出ればいいのだから」
「本当にあなたはいい人だったのね。東京駅のホームでは、どうしようかと目の前が真っ暗になったの」
「ごめんね。だからね、今夜は借りのお返しだ」と言って、もう一度カンナを深い喜びの淵に連れて行った。
そんなことは、かつて体験したことないことだった。カンナは湧き上がる幸せの波に身を任せながら、ほとんど、気を失いかけている。それを察した明也は、
「よかったかい」と、カンナを現実に呼び覚ますように言った。
カンナは子供のように大きく頷いた。
「昔ね、ずっと昔、まだ僕が大学生の頃にね、カンナのような少女に会ったんだよ。ことわっておくけど、それはプラトニックラブに終わったの。ほら、今僕と一緒に会社やってる友がね、夏休みに自分の信州の実家に僕を呼んでくれたのさ。実家の近くの林の中の小道を二人で散歩しているとね、向こうから、その時にしては珍しい小型犬を連れた少女がやって来たの。僕は一目でその色白のほっそりした少女に憧れたのさ。少女もすれ違う時、ちょっと頭をさげてくれた。それからというもの、僕は毎日毎日その林に散歩に出かけたの。会える時もあったし、会えない時もあった。僕は一週間滞在の予定を二週間にのばして林を彷徨ったけれど、友がね、あの娘は、大会社の社長の娘で、弁膜症を患って東京から転地療養にきているので、お前には高嶺の花だと諌めたのだ。僕は諦めずには済まないと思って、諦めたのよ。カンナの面影の中に、その少女の面影が重なるのだ。だからカンナは僕にとっての原点だ」
そういって、明也はカンナの深くに触れようとする。
「いけませんわ。そんなことなさっちゃいけませんわ。あなたの、その美しい少女のイメージを冒涜なさっちゃいけませんわ」
「目の前にいるカンナはカンナだよ。大人の豊穣な肉体を持っている一つの個体なんだもの。それに目のくらまない男なんて男じゃないよ」
「おだてがお上手」
カンナは明也の言葉が歯の浮いたものであると思っていた。夫は一度も褒めなかったし、邦子や穂波や千里と温泉旅行に行った時も、誰も褒めてくれなかった。あの時は千里のギリシャの彫像のような端正な裸体に圧倒されたものだ。
明也の言うことが本当なら、こんな貧しい体験でこの年まで来ることはなかっただろう。遅まきの結婚をするまで、何もなかったし、夫の死後も何もなかった。今思い返せば、若いときそれらしい感情で近寄って来た人も二人、三人いたが、奥手だったのか、自分の方からは何も感じなかった。そうこうするうちに、みな去って行った。だから、明也の言うことが本当とは思えない。
「今日はゆっくりできる日でよかったよ。明日は福岡に出張なんだ。急にお得意さんがゴルフに招待してくれてね。断り切れなくてうちの事務の子に飛行機のチケット取らせたんだが、はっと気が付いたらカンナと会う約束の日の翌日なんだ。しまったと思ったのだけど、事務の子に出張が知れているのに、ドタキャンすることもできなくなったのだ。あれはよく頭のまわる子でね。勘がよすぎて、何も言わないけど、みんな解っているようなんだ」
「あの方、明也さんにとても気があるという目つきであなたを見ていたわ」
カンナは自分を鋭い目つきで見たとは言えなくて、言葉を変えて二人の関係を探ろうとした。
「いや、そんなこともあるまいけど、時々感じることもあるんだ。行動を見張られているように思うときに。けど、嫁入り前のあんな若いお嬢さんを、傷つけることはできないよ」
「でも、社長さんって、魅力ある存在だわ。捨て身で押して来られたら、どうなさる?」
「どうもこうも。そんなことはないって」
「少し気持ちがざわざわするわ。毎日一緒に居られるんですもの」
「毎日いるから、感じないということもある。カンナとはしょっちゅうは会えないし、僕の原点の少女の面影と重なるし、何よりも成熟した大人の感覚が大好きだ」
「信じてていいのね」と、カンナは明也にすり寄って行った。
「ああ、約束する。ところで、明日の事だけど、顔を出せば、すぐ会社を抜け出すので、一緒に買い物しよう。飛行機の時間までの間に、指輪を一つ買おう」
「えっ、指輪?」
「うん、誕生石のを一つ買ってあげたいな」
「誕生石?いい、いい、ダイヤですもの、高いわ」
「じゃぁ、小さいダイヤを散りばめてアレンジしたものあるだろう。そんなのにしよう」
「いいの、いいの」
「いいってば」
明也は疲れたのか眠ってしまった。カンナは眠れなくて、明也の寝顔をじっと見ていた。
カンナがどんな悪い女かもしれないのに、安心しきって眠っているのが他愛なく子供っぽい。やがてカンナも明也に寄り添って眠ってしまった。
翌朝は明也の方が先に目覚めた。七時だった。明也はカンナの頬に軽くキスをしてカンナを目覚めさせた。カンナは目を開けて微笑んだ。明也は髭を剃った。カンナは素顔では耐えられないと化粧をしたまま眠っていた。朝になって化粧を落としてまたすぐ化粧をした。
「行ってくるよ。カンナはルームサービスを頼んであるから、ゆっくり朝食を食べてから、大丸の宝石売り場で十一時に待っていてよ」
「指輪はほんといいんです」
「いやいや、これは僕が買いたいのだから」
そう言い残して明也は出て行った。
