その時。



水原くんの真っ正面の家から、木原さんが出てきた。



表札を見ると、やっぱり“木原”。



Tシャツに短パンと、ラフな格好をした木原さんが、私を見て少し驚いたような顔をする。



そして、キッと私を睨みつけるように見てきた。



「…アンタ、流矢のなに?」



木原さんは私を睨みつけたまま、女にしては少し低い声でそう言う。



「いや、なにって…ただの友達だけど」

「友達とか言ってるけど、本当は流矢のこと好きなんじゃないの?」



木原さんの瞳は、怖いほど真っ直ぐだった。



こんな瞳をするくらい…木原さんは水原くんのことが好きなんだ。



「…好きじゃないよ。本当に」

「嘘!好きなんでしょ⁉︎流矢のこと、顔だけで好きになったんならやめて!」



木原さんの声が、静まり返る住宅街に大きく響く。



好きじゃないのに。本当に、好きじゃない。



木原さんは私に一歩近付いて、さらに声を荒げた。



「私は小さい頃からずっと流矢だけを見てきた!そこら辺の女みたいに、顔で好きになったんじゃない!優しくて温かいところに、惹かれてた!だから、いきなり現れたアンタみたいな女に、流矢なんか取られたくない!」



木原さんの瞳が、徐々に潤んでいく。



…木原さんの想いは綺麗だと思った。



やっぱり、好きなんだね。水原くんのこと。



「それに…流矢のこと好きになっても、辛いだけだし」



木原さんは、私を睨むのをやめて、悲しそうに目を伏せる。



「辛いって…どういうこと?」

「ほら。やっぱりアンタは、流矢のこと全然知らない!」



木原さんは、目を開ける。



「流矢を好きになっても、叶わないよ。私だって辛い!だって、流矢は…流矢は…」



木原さんがこんなに感情的な子なんて、知らなかった。



木原さんは何かを言いかけたけど、ハッとして、いきなり口を噤んだ。



「…いきなりごめんなさい」



木原さんはポツリとそう呟くと、私に背を向けて家に入ってしまった。



その日の帰り道。



どうやって帰ったかも分からないくらい、私は上の空だった。