「悪ぃ悪ぃ。流矢は怪我したんだよ。だからやめたんだ」



その笑顔は明らかに作り笑顔で、すぐにそれが嘘だと分かった。



きっと、祐介くんも言いたくないことなんだと思う。



人にはそれぞれ言いたくないことだってあるし、私だってある。



だから、無理に聞く必要もないかな、と、私はその話に触れないことにした。



だけど、吉春くんだけは、少し苛立ったような顔で、祐介くんに詰め寄った。



「水原流矢は怪我してねーだろ?監督が言ってたんだよ!怪我してないのになんで推薦蹴ったんだって。嘘つくなよ」

「は?なんだよお前」

「祐介も、夕ヶ丘からの推薦蹴ったよな。もしかしてさ、水原流矢が推薦蹴ったから一緒に蹴ったんじゃないよな?」

「吉春!これ以上突っかかるなよ!」



しびれを切らしたのか、蒼くんが吉春くんに向かって強く言う。



それでも吉春くんは、そんな蒼くんを無視して続ける。



「吉春に言う必要ないだろ?俺は野球にそこまで賭けてないから推薦蹴っただけだよ。流矢は怪我して…」

「本当のこと言えよ!何隠してんだよ!」



無表情だった祐介くんが、見る見るうちに眉間にしわを寄せる。



その顔はいかにも怒っていて、やばい…と思った時、祐介くんの怒りは頂点に達した。



「流矢の気持ちも考えろよ!」



祐介くんは悔しそうに唇を噛み締めると、そのままファミレスから出て行った。



さっきまでの楽しい雰囲気が、一気に静寂に包まれる。



吉春くんは小さくため息をつくと、テーブルに顔を突っ伏した。



「ね、ねえ、吉春。なんでそんなに、流矢くんが野球やめた理由知りたいの?」



そんな吉春くんに、緋奈乃が聞きずらそうに尋ねる。



吉春くんはしばらく黙ったままだったけど、顔を上げて、またため息をついた。



「水原流矢。夕ヶ丘の野球部で凄い有名なんだよ。中学の時も、俺らとは違う野球チームだったけど、水原流矢が入ってた野球チーム、県内一位でさ。そこのエースだったのが、水原流矢なんだ」

「え!流矢くんってそんなに凄かったんだ⁉︎」

「将来有望のエースだったのに、しかも、夕ヶ丘から推薦きて、行く気満々だったらしいよ。それなのに、本当にいきなり、推薦蹴った」



やっぱり、怪我じゃないのかなぁ…



「俺、水原流矢が野球やめた理由、凄い気になるんだよ。興味本位とかじゃなくて、なんか…水原流矢はそれで良かったんかなって、心に引っかかる」

「良かった?」

「もったいないと思わねぇ?プロにも行けるかもしんないのに、やめるって。理由さえ知れば、しょうがないなって思えるけど、祐介も教えてくれないし」



吉春くんは、水原くんを心配して、あんなになるまで祐介くんに聞いてたんだ。



私は吉春くんと緋奈乃の話を、ストローに口をつけたまま聞く。



やっぱり気になるよ。水原くんのことだもん。



水原くん、いつも楽しそうに笑ってる。



でも、たまに見せる切なそうに揺れる瞳が、頭に残ってて。



もしかしたら、それと関係しているのかなって、思うんだ。