「あっ、緋奈乃いた。やっと見つけた」
重い空気が流れるA組に、能天気な明るい声がやけに響いた。
そこにいたのは、夕ヶ丘の制服を着た吉春くん。
肩には、“夕ヶ丘高校野球部”と書かれたスポーツバックをかけている。
「蒼ちょっと遅れるって…って、なにこの空気?」
吉春くんは緋奈乃と私と祐介くんを、目を点にして交互に見る。
「…真湖ちゃん。ちょっと来れる?」
祐介くんは私を真っ直ぐに見る。
その表情には、いつもの笑顔もない。
真剣な話なんだと思い、私も黙って頷いた。
祐介くんに連れて来られたのは、文化祭には使われていない空き教室。
空き教室には、私と祐介くん。それと、緋奈乃と吉春くん。
祐介くんは椅子を引いて座ると、一回息を吸った。
「…さっきの女の子、八神萌ってやつなんだけど」
八神萌。
やっぱり、そうだったんだ…
「萌は、俺と流矢と洸耶と唯香と、同じ中学でさ。中学の時はこの5人で仲良かったんだよ」
祐介くんは、そこで言葉を詰まらせた。
「…簡単に言う。流矢は…中学の時、萌のことが好きだった」
トクン…と、心臓が嫌な風に音を立てた。
緋奈乃も吉春くんも、黙って祐介くんの話に耳を傾けている。
「流矢は萌のことが好きだったけど、萌は…洸耶のことが好きだったんだ」
水原くんが、八神さんのことが好きで、八神さんは、洸耶のことが好きだった…?
「んで、洸耶も…萌のことが好きだった」
ああ、嫌だ。
そんな…八神さんと洸耶が、両想いだったの?
