「…流矢。お前、いつまで逃げてんだよ?」
沈黙を破ったのは、祐介くんの低い声だった。
祐介くんは少し睨むような目つきで、水原くんを見ている。
水原くんは顔を下に俯かせて、止まっていた手を動かした。
「…別に逃げてるわけじゃない。俺だって毎日、萌のことばっか考えてる」
ーー『俺だって毎日、萌のことばっか考えてる』
そんなに優しい声で、“萌”って呼ぶんだね。
そっか…そうなんだ…
水原くんは、まだ。
八神萌ちゃんのことを、想い続けてるんだね。
「昨日、夕ヶ丘の前通ったんだ。そしたらちょうど、萌と鉢合わせした」
八神萌ちゃんは、夕ヶ丘なんだ。
「俺を見て驚いたような表情してた。俺ももちろん驚いたけど。萌、俺の後ろを確認してた。多分、流矢がいるか確かめてたんだと思う」
水原くんは、また手を止める。
「流矢がいないの見て、“流矢いないんだ”って、悲しそうに言ってた」
水原くんは、顔を上げた。
水原くんと八神萌ちゃん。
お互いのことを、名前で呼び合うんだね。
私と水原くんは。
“水原くん”
“笹倉”
名字止まりだよ。
