今宵も、月と踊る


“月天の儀”は月が天に昇りきった深夜に始まった。

本来は関係者以外の人間に見せてはいけないものらしいので、私はあらかじめ用意された衝立の中に隠れることになった。

衝立の中に隠れるなら着飾る必要などなかったのではと、志信くんに尋ねると「最低限の礼儀だ」と返された。

儀式に臨む心構えとして、正装をすることは当たり前だというわけだ。

志信くんの狩衣姿もその一つなのだろう。

“月天の儀”が行われる本宅の一室には、庭園に面して小さな祭壇が設けられていた。小さなといっても、儀式の為に誂えられているので、それなりに立派だ。個人の邸宅で所有するには違和感のある代物である。

儀式の時間が迫ると部屋と廊下を仕切っていた板戸が全て取り外され、祭壇越しに庭園と月が見えるようになった。

“月天の儀”に伴い照明を廃した本宅に、満月が優しく微笑みかける。

池にはさざ波が立ち、月明かりを反射してキラキラと輝いていた。木々のざわめきは音楽を奏でるように旋律を刻んでいく。むせ返るような橘の花の匂いが無色透明な空気に彩りを添えた。

……まるで悠久の昔にタイムスリップしたようだ。

なんてことのない板張りの一室は、舞に相応しい舞台に変わった。