「志信……くん……?」
私は志信くんの姿を見ると、首を傾げた。
それもそのはず。
志信くんは家の中だというのに、白の狩衣に袴と烏帽子を着用していたのだ。
……それが恐ろしいほど良く似合っている。
まるで本物の平安時代の貴族のようだ。
「いいな……。あんたにはその色が似合う」
薄暗い部屋の中だというのに、志信くんにはなぜか私の姿がはっきりと見えているようだ。
「志信くんが選んだの?この白藤色の着物……」
「ああ」
志信くんにこういった美的センスがあるのが驚きだった。女性を着飾るなんて高度な遊びを一体どこで覚えたんだ。
「志信くんもいつもと違うのね……」
「今宵、この場で行われるのは“月天の儀”だ」
「“月天の儀”?」
会話の中に聞き慣れない単語が出てきて、もう一度尋ねる。
「月が満ちた今宵は“カグヤ憑き”の力が最も発揮される」
私はごくりと唾を飲みこんだ。
……“カグヤ憑き”の力の一端を、私は知っている。
無意識の内に傷口のなくなった指先をこする。あの日起こったことは決して夢や幻ではない。
「あんたには何があっても見届けて欲しい」
……私に見届ける覚悟などあるのだろうか。
“月天の儀”が始まる前から、こんなにも動揺しているというのに。
痛いくらいに脈打つ心臓が、これから起こる出来事の物々しさを予感させる。
満月は不気味なほど赤く輝いていて、怖いくらいだった。



