「小夜様」
急に名前を呼ばれて、弾かれたように起き上がる。
(もしかして……寝てた?)
身体の下に敷いていた髪には寝ぐせがついていて、とても残念な気持ちになった。
……それもこれもポカポカ陽気のせいだ。
干した布団の上で居眠りなんて、いくらなんでも怠けすぎだろう。
慌てて背筋を伸ばして正座すると、たとう紙に包まれた着物が畳に置かれた。
「こちらの着物にお着替えください」
私を呼んだのはいつも食事を持って来てもらっている橘川家の使用人――八重さんだった。
八重さんは右の目尻の黒子が艶っぽい着物の似合う女性だった。凛とした立ち姿が印象的で、彼女と同世代である私も、こうありたいと憧れを抱いてしまうほどだ。
「あの……着付けが……」
「大丈夫ですよ。私どもで着付けをさせて頂きます」
八重さんが合図を送ると他にも2人、使用人がやって来た。結構、大掛かりだ。
「志信くんは?」
土曜日の夜は空けておいてくれと言ったくせに一向に姿を現さない志信くんの行方を尋ねると、八重さんは粛々と答えた。
「本日は本宅にお連れするように志信様より申しつけられております」



