“小夜……”
ふよふよと宙に浮かび上がるシルエットは、お雛様やドラマでお馴染みの十二単。
たおやかに伸びる漆黒の黒髪は私よりずっと長くて、地面についてしまいそうだ。
半透明の身体の向こう側には障子が透けて見える。
“さっきは驚かせてごめんなさいね”
彼女は私の目の前に顔を突き出すと、にっこりと微笑んだ。
いやいや、今も十分驚いてますよ?
驚いちゃだめよねという決意もどこへやら。私は完全に腰を抜かしていた。
だって、十二単の女性が親しげに話しかけてくるなんて想定していなかったもの。
“ついてきて”
そう言うと、十二単の女性はガラス戸をすり抜けて、日本庭園の中を漂っていく。
「待って!!」
私は沓脱石に置いてあったサンダルを履いて、彼女を追いかけていった。
危険だとは思わなかった。もし悪霊ならば力ずくで憑りついて、とっくにあの世行きにされていてもおかしくない。
少なくとも驚かせたことを詫びる姿勢には好感が持てた。



