今宵も、月と踊る


昔々の話である。平安と呼ばれる時代に一人の男がいた。

男の名前は橘成典(たちばなのなりすけ)といい、下級貴族の出身であった。

後ろ盾もない、教養もない、おおよそ出世とは無縁の若者だったが、成典には不思議な力があった。

ひとたび衣をはためかせ舞を披露すると、蕾だった花が咲き、雲間から光が注ぎ、他人の病を癒すことが出来たのだ。

成典の奇跡のような力は評判を呼び、ついには遠く京の都にいらっしゃる帝からお声が掛かるようになった。

……純朴な若者だった成典に野心が芽生え始めたのはその頃からである。

成典は帝に気に入られるとたちまち出世の階段を一気に駆け上り、ついには帝の娘を妻とした。

ところが、成典には故郷に残した結婚を約束した姫がいたのだった。

それが“カグヤ”である。

己の野心の為に時代の権力者の娘を妻にしたという成典の噂を聞いた“カグヤ”は、悲しみに暮れ、恨みを募らせ、とうとう身体を害した。

そして、死の間際に橘の血筋に呪いをかけた。

“私を死に追いやったあなたと同じ力を持つ者。その者はカグヤ以外の女と添い遂げることを許さぬ”

呪いは千年以上の月日が経っても弱まることなく、奇跡の力とともに橘の血筋に脈々と受け継がれていった。

奇跡の力はいつしか“カグヤ憑き”という言葉に名を変えて、平成の世の今も。

……“カグヤ”に許される時を待っている。