「橘川家で働いているなら着付けなんて私に習うまでもないでしょう?」
「それは……」
さすが鈴花。痛いところをついてくる。
橘川家の使用人は全員着物を着用することを義務付けられている。住み込みで働いているという話を押し通すには矛盾があることを見抜かれてしまった。
追及から逃れられないと覚悟したが、鈴花は意外なことにあっさり解放してくれた。
「いいわよ。俊明さんがあの調子だから、まともにお店に立たせてもらえなさそうだし」
二人分の栄養を摂る必要のある鈴花はカロリーの高そうな茶菓子を口いっぱいに頬張って言った。その食べっぷりに圧倒され、自分の分の茶菓子を差し出す。
渋々了承するならともかく、さすがに快諾されると拍子抜けしてしまう。
「小夜、私は嘘をついていることを怒っている訳ではないの。悩んでいることを話してもらえないのを不甲斐なく思っているだけよ」
鈴花は急須からお茶を注ぎ足すと、私の目の前に差し出した。
「志信さんと何があったの?」
8年前と同じシチュエーションに既視感を覚える。
足の怪我のことで悩んでいる時も鈴花はこうしてお茶を差し出して、私が話し出すのを待ってくれた。
……どうして今までおざなりにできたのだろう。
鈴花は私が打ち明けてくれる日をずっと待っていてくれていたのに。
「少し……長くなるけど聞いてくれる?」
私は鈴花に……今まであったこと全てを話す決意をしたのだった。



