今宵も、月と踊る


「……早く“橘”を志信に渡せ。“カグヤ”なら知っているのだろう?」

「放し……てっ!!」

「隠し立てするとためにならない」

「何のことだかさっぱりわからないわ!!」

私は渾身の力を込めて朧先生を突き飛ばすと、シャツの襟元が寄れて露わになった胸元を庇うように生地を固く握りしめた。

朧先生は抵抗を見せた私を一瞥するとそのまま続けた。

「“カグヤ”には“カグヤ憑き”の心が半分宿っていると言われている」

「知っているわ」

だからこそ、“カグヤ憑き”は“カグヤ”を繰り返し求めるのだ。

「君の胸に咲く橘はその証だ。橘を取り出し“カグヤ憑き”に与えれば、始祖である成典のような奇跡を起こせる。真尋を目覚めさせることが出来るんだ」

……私はしばしの間、絶句してしまった。

「そんなの……妄想だわ!!」

本人は大真面目に言っていても、私には荒唐無稽な話にしか思えなかった。

お医者様という堅い職業に就いている人でも冗談を言ったり、妄想にふけることがあるのかもしれない。

朧先生はすべてを否定しようとする私をふふんと鼻で笑った。