今宵も、月と踊る


「雑誌を読んだわ。日本代表おめでとう」

「ありがとう」

「今日はどうしてこっちに?」

吉池さんが所属する“エース製薬”の陸上チームの本拠地はここから飛行機で2時間ほどかかる地方都市のはずだ。

大学を卒業して実業団のチームに所属して以来、彼女の住所もその地方都市である。

「本社で壮行会があった帰りなの。職場に電話なんかして悪かったわ。でも、今日を逃したらしばらく会う時間なんてなさそうだったから」

「あの……なぜ私に連絡を?」

「あなたに雑誌を送るように、“樫尾”に頼んだのは私なの」

吉池さんはテーブルに頬杖をついて、ニッとルージュを引いた唇の端を上げて笑った。

雑誌の差出人は確かに“樫尾”だった。“樫尾”は私が大学時代から親しくしていた後輩だ。

時々飲みに行ったり、メールのやりとりはしていたけれど、吉池さんともまだ交流があったとは知らなかった。

樫尾が絡んでいるなら吉池さんが私の勤務先の電話番号を知っていることも納得だった。