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渋る志信くんを何とか宥め自由時間をもぎ取ると、迎えの車を返して待ち合わせのレストランへと向かう。
入口で吉池さんの名前を出すと、すぐに席へと案内された。
仕事が終わってから急いでやって来たのに、彼女は私が到着するのを今や遅しと待っていた。
「久し振り」
クラシックミュージックがかかる店内で吉池さんの声だけがクリアに聞こえる。
「こちらこそ久し振り。大学卒業以来かしら」
コートを店員に預けて反対側の椅子に腰掛けて互いに顔を正面から見据える。
……こうして私はかつてのライバルと再会を果たしたのだった。
「電話をもらった時、誰だか分からなかったわ。苗字が変わったのね」
テーブルの上のメニューを開きながら尋ねる。
おすすめはリーズナブルな値段で楽しめるコース料理のようだが、ドリンクとつまむのにちょど良さそうな単品の料理をいくつか注文する。
コース料理をゆっくり楽しむような間柄でもないのは互いに承知していた。
店員がメニューを下げて厨房に戻ると、吉池さんは薬指にキラキラと輝く指輪を嵌めた左手を見せながら言った。
「去年、結婚したの?あなたは?」
「まだよ」
「意外ね。桜木さん、大学生の頃から付き合っていた彼氏がいたじゃない。彼とは別れたの?」
「まあね」
咄嗟に笑って誤魔化す。
吉池さんは私が桐生くんと破局した上に、彼が別の女性と結婚することも知らないようだ。



