「今宵は満月だな……」
「はい。雲もなく穏やかな天気です」
「そうか……」
骨と皮しかない皺だらけの手が精根尽きたように布団の上に落ちた。
威勢の良かった祖父も加齢とともにただのくたびれた老人に成り下がった。老衰は“カグヤ憑き”の力でも治せぬ不治の病だった。
「志信……必ずや“カグヤ”を手に入れるのだ……」
追い立てられた兎を狩る獣のようにギラギラと輝く二つの目は老いによる身体の衰えを一切感じさせない。死にかけの老人に生を思い出させるのはいつも“カグヤ”だった。
…… 祖父は“カグヤ”と“カグヤ憑き”の妄執に憑りつかれている。
橘川家の惣領息子に生まれながら、祖父には“カグヤ憑き”の力が宿らなかった。
当主の座は約束されていても、役に立たぬ木偶の坊と揶揄され、後ろ指をさされ続けた人生は哀れだと思うが、同情はしない。
祖父は失った誇りを取り戻すために、その権力の象徴として“カグヤ”を手に入れようとしていた。なんてバカバカしい。
“カグヤ憑き”以外の者に“カグヤ”を見つけられるはずがない。
……普通の人間には橘の痣は見えないのだから。
(残念だが“カグヤ”はあんたの手には入らない)
祖父の目を盗んでほくそ笑む。
きっと、同じ屋敷内にいるとは露ほども考えていないのだろう。こちらから教える気はないし、たとえ知られたとしても“カグヤ”を渡す気はさらさらない。
俺は今日も聞き分けの良い孫の顔をして微笑む。
「はい、お館様。仰せのままに」



