“月天の儀”が執り行われる満月の日は朝から屋敷中が慌ただしい雰囲気に包まれる。
屋敷内のあらゆるとこを祓い清め、病院から患者が運ばれる部屋にはあらゆる事態に対応できるように医師、看護師、医療機器等、万全の体制が整えられる。
“月天の儀”に臨む患者は生死を争う状況に置かれていることが多い。儀式の前に容体が変わることも珍しくなかった。
この日ばかりは大学から帰ると、離れにも行かず真っ直ぐ風呂場へと向かう。埃、汚れを洗い流して身体を清めるためだ。
入浴を済ませると狩衣に着替えて、粥と香物だけの簡単な食事をとる。月天の儀の3日前から肉や魚の類は一切とらない。成長期には物足りないと思うこともあったが、今では慣れた。
あとは時間がくるまで、月渡りの間で瞑想する。儀式の最中に集中力を切らさぬように、自分の中にある舞手としての意識を研ぎ澄ませるのだ。
しかし、今日は雑念が多く、なかなか心が静まらない。
(……小夜)
気を抜くと小夜の事ばかり考えてしまう己に呆れてしまう。まだまだ修行が足りないようだ。
気を取り直して呼吸を整えていると、板戸の外で控えていた正宗が遠慮がちに声を掛けてくる。
「志信さん、よろしいでしょうか」
「ああ」
そう答えると板戸が引かれ、白衣に浅葱色の袴を着た正宗が頭を下げて用件を告げた。
「お館様がお呼びです」



