講義が終わると、車を走らせ三好屋へと向かう。
2日前に俊明さんから注文していた小夜の着物が出来たと連絡があったからだ。
本来ならもっと以前に納品されて然るべきだったが、担当していた古参の職人が入院したせいで仕上がりが遅くなったという。
「いらっしゃいませ、志信さん」
三好屋を訪れると帳簿をつけていたらしき若女将が愛想よく会釈をした。
「注文の品を取りに来たんだが……」
「ただいま持って参りますので、どうぞ座ってお待ちください」
店員に任せればよいものを、若女将自ら店の裏手に走って行く。控えめで一生懸命な接客態度には素直に好感が持てた。
「お待たせしました」
若女将は持ってきたたとう紙をその場で開くと、衣桁に出来上がった着物を飾った。
「どうです?待ったかいがあって、なかなかの出来栄えでしょう?本当に素晴らしいわ……」
「ああ」
売る側の若女将が見惚れてため息をもらすほどの素晴らしい仕立てだった。
さらりとした上品な絹に映える桜色の艶やかさといったら、本物の桜の木と見間違えんばかりで、僅かに色味の異なる霞に、椿、撫子、萩の草花模様が上品さと可憐さを引き立てている。
職人の腕が試される金糸銀糸の縫取りは光を受けると眩しいほどに輝き、繊細さの中にも華やかさを感じさせた。
「本当は小夜の誕生日に間に合えば良かったんですけどね……」
若女将は頬に手を当てて、さも残念そうに言った。
「誕生日?」
「あれ?ご存じありませんでした?10日も前の話ですよ」
小夜の誕生日が10日前?
……そんなの聞いてないぞ。



