八重さんに志信くんの居場所を尋ねると本宅の“月渡りの間”にいるとの答えが返ってきた。
“月渡りの間”とは本宅のどの部屋のことだろうかと首を傾げると、八重さんは声を潜めて説明してくれた。
「“月天の儀”が行われるお部屋のことです」
ご案内しましょうかという申し出を快く受け取って、再び本宅へと続く渡り廊下を歩いて行く。
廊下が軋んで鳴く度に志信くんに近づいているような気がして、胸がドキドキした。
“月渡りの間”の前まで来ると、八重さんは恭しく頭を下げて立ち去っていった。
(満月でもないのに何をしているのかしら……)
ひとり残された私は疑問に思いながらも板戸を少しだけ開けて、部屋の様子を窺う。
流れるように動く影に目を凝らすと、徐々に私の知っている志信くんの形になっていった。
よどみなく滑らかに運ばれる足は休まることを知らず、手元では鈴が揺れ動く。
反対の手に絡めた房紐を弄びながら、身体をクルリと反転させれば、黒髪が揺れ、物憂げに伏せられた睫毛が扇形に顔に影を落とす。はだけた浴衣から覗く胸板には薄らと汗が滲んでいて、キラキラと輝いていた。



