“おかえり、小夜”
明かりがともっていない部屋の中に月に照らされた十二単のシルエットがくっきりと浮かび上がる。
人の気配がないことですっかり油断していた私はビクリと肩を震わせた。
「豊……姫……」
平静を装おうとして、声が上ずってしまった。
豊姫の着ている十二単が金魚の尾ひれのようにひらひらと舞う。重力を無視した衣の広がり方を綺麗だと感じる心の余裕はなかった。
“遅かったのね。志信は先に帰ってきたみたいだけど”
豊姫はいつものように私に抱き付くと、ふふっと楽しそうに笑った。
“ねえ?お土産はないの?”
上目遣いで無邪気に顔を覗き込んでくる豊姫の目をまともに見ることが出来なかった。
……私は忠告を無視して好きになってはいけない人を好きになった。
それは間違いなく豊姫を裏切る行為だった。



