意を決して玄関の戸を開けると八重さんが楚々と出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、小夜様」
「ただいま、八重さん」
私は帰宅の挨拶もそこそこに、逃げるように靴を脱いで廊下を走った。
バッグで隠した首筋から小さな谷間にかけて志信くんがつけた赤い痕が残っている。望まぬ情事の果てにつけられた所有印が燃えるように熱かった。
安全地帯である居間にたどり着くと、後ろ手に襖を閉めてその場にへたり込む。
(見られてないよね……?)
弾んだ息を整えながら、己の控えめな胸元を覗き込む。狼藉を働いているというのに慎ましく柔らかな唇の感触を思い出して頬が紅潮する。
(わざと目立つ場所につけたのね……!!)
くっそう……夏場だというのにこれでは襟元が開いた服は着られないではないか。
意図するところはさしずめ“俺の物に手を出すな”と言ったところか。
志信くんらしい傲慢さに、ひとりで忍び笑いをする。
(……バカね)
私なんてもうとっくに……志信くんのものなのに。
あの日、月岩神社で出逢ったときからずっと。
……心のどこかで再会する日を指折り数えていた。



