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志信くんの車で最寄りの駅まで送ってもらうと、鈴花との待ち合わせ場所までは電車で向かう。最近は車で送迎されることに慣れてしまったせいか、パスケースを持っていくのをうっかり忘れるところだった。
文机の引き出しに入れっぱなしになっていた定期券に印字された日付は5月で止まっていた。
……一人暮らしのアパートには久しく帰っていない。
橘川家の使用人の手によって郵便物が定期的に届けられているおかげで、同じアパートの住人に留守を不審がられることもない。
指示をしたのは志信くんだろう。
ポストのダイアル番号を知ることが出来たのは、橘川家への滞在を了承した日に荷物を纏めるのを手伝ってくれた志信くんだけだった。
その気遣いをありがたいと思う。
離れにやって来たばかりの頃は早く弁償して解放されたいと願っていたのに、今や帰る家は当然のごとくあの狭い鳥籠の中となっている。
期限の切れた定期券を見て、もとの生活に戻る術をひとつ失ったような気がした。



