「佳澄さん大変だね……」

あいつらに囲まれて、と実感を込めてそう口にしたのは氷見さんだ。


今日も一日が終わり、帰ろうとした際氷見さんに一緒に帰ろうと誘われた。

帰り道は途中までは一緒だけど、そんなに家は近くない。微妙な位置。
わざわざ一緒に帰るときは、用事があるときだけ、そんなレベルの位置関係。


……つまりは、また。

きゅっ、ともう春だというのに冷たい風が心臓をかすめた気がした。




「……いえ。まあ、そこそこに楽しいですし」

……そこそこに、と心の中で強調しつつなんとか苦笑いをこぼす。なんとなく雰囲気を嗅ぎ取ったらしい氷見さんもはは、と笑った。
目尻を下げて、優しげに瞳が細められる。自然に口角が上がってえくぼができる。
そのちょっとした幼さや、いつもの雰囲気とは違うその顔が、ひどく心臓に悪い。

そして、冷静になって、私ではない人を想って綺麗な顔を見せる彼女を見るのが辛くなる。
……そうなるのを分かってて見てしまうのは完全に自分の所為だけれど。



ひとしきり雑談で盛り上がったのだが中々本題に入らないところを見ると、機をうかがっているらしいことを感じた。

「……それで?今日は如何なさいました?」

感じて、こうやって促してしまうから、どうやっても。
ドロドロした汚い感情に蓋して、笑いかける。
優しく。

あなたのそばに居られるのだから、贅沢は言えない。
言っちゃいけないんだ。






「……えっ、と。ね……」

彼女が重い口を開く。




私が共にいると言えたなら、違う男性の話をするあなたの唇を奪えたのでしょうか。




不毛な考えは思考の海に流した。
苦痛は、終わらない。